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山を越え谷を越え。
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北国の貴重な晴天を好機と捉えた私達は、そのままウィンターホールドを後にした。
まずはドーンスター方面へと引き返さねばならぬため、ウィンターホールドへと向かう時と同じ道を辿る事にした。
来る時には天候が雪であったため、常に新雪が積もっていた道も―――
朝から照っている太陽の光によって程よく溶けている。
そのお陰か、道を進むベリー・ベリーの足取りも軽い。
『足を滑らせないように、気を付けるんだよ』
「はぁい、わかりましたー」
一度悪天候に加えて悪路を経験しているのもあってか、私の想像以上にベリー・ベリーの足運びは軽快だ。
凍った岩肌や斜面に足を取られる事もなく、丁寧でありながら安全面を意識した足取り。
熟年の冒険者のように飲み込みの早いベリー・ベリーに、内心賛嘆の念を抱かざるを得ない。
何より、弱音を一言も呟かない。
常々思っていた事だが、やはりこの少女の持つ人間性は尊敬すべき部分だな、と胸中独り言つ。
「わぁー、きれいですねぇー」
ドゥーマーの遺跡を横目に進み、雪道から一転し街道の走りへと到着した。
幽霊海と地平線を一望できる絶景の場にて、再びベリー・ベリーは感動の声を漏らす。
ふと、あどけない双眸が私を捕らえる。
「……おじさんは、きれいだなーって感動とかしないんですか?」
裏表のない素朴な疑問なのだろうか、首を軽く傾げながら尋ねてくる。
『いや、口に出さないだけで、素晴らしい景色だと思っているよ』
私の素っ気無いかのような返答に対し、ベリー・ベリーは「ふーん……」と不可思議な色を瞳に浮かべながら答える。
――絶景の場を後にし、舗装もままならない街道を進む。
眼下に見える砦を前に考え込む私を、期待の眼差しが刺さるかのように感じた。
ウィンターホールドへ向かった時同様に、街道経路を進むのではなく、緩やかな斜面や木々の間を通るべきか、と思考を巡らせていると―――
「うかい、ですかぁ?」
と、私の顔を覗き込むように尋ねてきた。
『……ああ、うん。迂回しよう』
坂を降りるけど、平気かな? と付け加えると、
「はーい」
と、ベリー・ベリーは満面の笑みを浮かべながら返した。
―――緩やかな斜面を下り、道無き道を進む。
山賊が住まうであろう砦などを避けては、街道に戻るのを繰り返す。
空は相変わらずの晴天が続いており、太陽光が雪に跳ね返り、銀色の残光が網膜に焼き付くかのようだ。
ウィンターホールドへ出発した時とは比べ物にならないほどの早さで私達は進む。
まだ陽も高い内だというのに、ドーンスターの町が見えてきた。
「わぁ~、おじさんと会った町の近くまで来れちゃいましたねぇ」
順調、と私は頷きながら再度、地図を開く。
『モーサルは、このまま西を直進だね。まだまだ先は長い。喜ぶには早いよ?』
と、少し意地悪な響きを含ませながら伝えた。
あはは、といつものあどけない微笑みが返って来る。
「そうですねー、私ったらぁ」
……てっきり頬を膨らませるものかと思ったが、そうでもなかったようだ。
己の想像していたものとは違った返答に僅かな自責の念を感じつつ、
『それじゃあ、先へ進もうか』
と、促した。
―――――
開けた道は見通しが利く事もあって、野盗や追いはぎ等と遭遇しにくい。
とはいえ、必ずしも現れないと言う保障は無い。
腕に覚えのある冒険者上がりの商人ならば、そういった悪漢と遭遇しても往なす事は可能だろう。
しかし農民や純然な商人では、成す術も無い。
物品だけならいざ知らず、その命まで取られてしまう事もざらにある。
それ故に、街道の路とは巡回を行う兵士が行き来しているのだ。
だが―――
私達が出会った兵士は、街道の治安を守る為に巡回している訳ではなかった。
「冒険者か。良い面構えをしているじゃないか」
街道を往く三人の兵士。
それは帝国製の鎧に身を固めた者達だった。
「帝国は優秀な人材を欲している。興味があったら、ソリチュードに行くといい」
先頭を歩く兵士が、私に声を掛ける。
「おい、足を止めるなよ」
後ろに続く兵士から突かれる。
おそらくは、行き交う冒険者皆々に同じ事を言っているのであろう。
後続の兵は呆れたかのような口調だったから。
「気をつけてぇー、さよーならぁ~」
「ありがとよ、お嬢ちゃん達もな」
ベリー・ベリーは兵士達の後姿に手を振る。
―――ここ、スカイリムに於いて。
帝国の兵士と会話をすると言うのは一体どういう事なのか。
こと、この雪に包まれた街道では、特に。
この少女は、知らないのだろう。
幼いが故に、知るべきなのか。
幼いが故に、知らないでおくべきか。
『――行こうか』
私には、正解が導き出せなかった。
―――――
モーサルへと続く街道を進むと、所々にドゥーマー金属が組み込まれた大きな石造りの建造物が目に飛び込んできた。
それを捉えたベリー・ベリーの灰色の瞳が一層輝く。
建物の傍に駆け寄ると、ドゥーマー金属で掛けられた格子から中を覗き込む。
大人には通るに厳しい隙間だが、子供ならば通行出来そうな、何とも言えない幅の柵だ。
侵入者を塞き止めるが如きその冷たい金属の棒を、物珍しそうに見つめては触れたりを繰り返している。
『中に入るのはやめた方が良いと思う』
呟きと言える音量だったが、ベリー・ベリーの耳には届いたようだった。
「だ、大丈夫ですよぉー。ちょ、ちょっと気になっただけですからぁ」
我に返ったのか、柵から即座に手を離し、私の元へと駆け寄ってきた。
「ごめんなさい。それじゃあ先に進みましょうかぁ」
―――街道を進む私達を異質なモノが迎えた。
各ホールドの国境を示す印のバナーの傍らに転がる、幾つかの物体。
遠目からもすぐに認識できるソレは、あまり見たくないものだった。
「お馬さん……」
ベリー・ベリーは横たわる馬を見つめ、暗い表情を浮かべている。
街道や荷台に転がる遺体を見た所……まずは馬車を用いた行商人が居て、そこを数人の野盗が襲撃した。
戦利品を定めている時に、破壊的思想を持つウィザードに出会った。
そして荷を奪うために、殺し合った。
実に単純。
ただ悲しい事に、この場には勝者の痕跡が無い。
馬車に詰まれた荷物は鞄が開いているものの、中身は手付かずだ。
野盗を葬ったは良いが、負った切傷のせいで出血多量にて死んだのか。
ウィザードを黙らせたは良いが、魔法による深い火傷や凍傷のせいで苦悶の末に死んでしまったのか。
憎しみ、奪い合う事の愚かさを見事に表した惨状とも言えよう。
『陽も傾いてきた。少し急ごうか』
私からの言葉を待っていたかのように、ベリー・ベリーは
「はい」
と、どこか儚げな声音で、答えた。
―――茜色が、空の彼方に染みてゆく。
今日一日だけでも相当な距離を進んだ事の証拠と言わんばかりに、街道に積もった雪が途切れた。
『もう少し進めば、鉱夫達が住まう場所があるはずだよ。何とかそこまで進もう』
「はぁい、がんばります」
さすがにくたびれたのか、ベリー・ベリーの目の色も曇っている。
平坦とは言え、雪道を休まず進んできたのだから当然だろう。
合間に休憩を取るように促しもしたが、それは彼女自身が拒否したため、行き足を続けた。
時折後方を振り返り、ベリー・ベリーの様子を伺いながら街道を進む。
疲労の色を顔に浮かべながらも付いて来るその姿は、真摯だ。
しばらくすると―――前方に石垣が見えてきた。
『よく頑張ったね、見えてきたよ』
ハイヤルマーチ地方に於いて、豊富な鉄を眠らせる『ロックワロウ鉱山』を抱えし居住地。
『ストーンヒルズ』だ。
少女の口から「はぁ」と零れた吐息は安堵によるものだろう。
肉体の疲労、精神状態を踏まえて―――
なるべく彼女を早く休ませてやらねばならない。
私はただその一心だった。
鉱山を守る衛兵を尋ね、ストーンヒルズの責任者と話を行えるように手筈を整える。
私はストーンヒルズに建てられた家屋の中へと入ってゆく。
怪訝な視線が突き刺さるかのように集中したが、私は己が冒険者である事と、モーサルを目指している事と、そして外の衛兵と話をつけた旨を、捲くし立てるかの如くいっぺんに伝える。
労働者や鉱石の管理を統括している『ソルリ』は、
「家の中はダメだけど、外なら良いわよ。鉱夫達と一緒になるけどね」
と、一泊の許可を許してくれた。
――――――
陽は沈み、夜の帳が降りる。
私は鉱夫達に一通りの挨拶を終えると、即座にテントの準備に取り掛かった。
ベリー・ベリーも「手伝いますよ」と申し出たが、瞼の重そうな彼女に、それは酷な労働になると判断し、私一人急ぎ足で用意した。
数分もしない内に完成したテント。
足元が覚束ない状態までになった彼女を、寝床に促す。
「おやすみ、なさい……おじ、さ――」
就寝の言葉を告げる前に、ベリー・ベリーの意識は沈んでしまったようだ。
『お疲れ様。よく頑張ったね』
私はぽつりと呟き、そして焚かれし炎をじっと見つめた。
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