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 馬車に揺られて馳せる思いは。
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 「それじゃ、出発するよ。くつろいで旅を楽しむと良い」
御者はその言葉と共に手綱を引いた。
カラカラと車輪が軽快な音を鳴らしながら、馬車は進み出す。
馬車出発

 「お二人さん、マルカルスは初めてかい?」
 『私は一度寄った事があるかな。……キミは?』
聞くまでもないだろうが、御者の質問をベリー・ベリーにも回す。
 「たぶん、初めてじゃないかなって思います~」
この少女の場合、まずマルカルスの場所すら定かではないだろうが。
 「そうかい、旦那がマルカルスに行った時の首長は誰だったんだい?」
 『首長の事は覚えていないな……』
私自身、マルカルスを訪れたのは随分昔の話だ。
一泊の宿を取るためだけに寄って、翌朝には直ぐに発ってしまったのだから記憶に薄い。
ただ石のベッドの寝心地は良くないと言う印象だけが強烈に残っている。

 「ま、何でもいいさ。ただシルバーブラッド家が幅を利かせているのは相変わらずだからね。厄介ごとに巻き込まれない様に気を付けな」

マルカルスについては話が広がらないと察したのか、御者はこの話題を打ち切った。
その間にも、馬車は進んでいく。
街道を順調に走る我々の目に飛び込んできたのは―――

ドラゴンブリッジの変貌
黄昏れた村、と言っても差し支えのない、ドラゴン・ブリッジ。

……いや、私の記憶に在るドラゴン・ブリッジとは大きく姿を違えている。
村の出入り口を明確にするための門が構えられ、まるで境界の様に区切られていた。
 「ここに勤める兵士達は面倒だから、下手に話し掛けないようにね」
声を潜める御者。
 『面倒、か。一体どうしたって言うんだい?』
門を潜り、馬車は往来を進みながらも私は御者の言葉の真意をわざと尋ねる。
御者はそんな私に対し、僅かに眉を顰めた。
拠点として
 「知らないようなら教えるけど、この村はソリチュードにとっての防衛線。いつ攻め込まれても対処できるように空気が張り詰めてるんだ」
 『そして住民達とも反りが合わず兵士達の苛立ちは並大抵ではない、と』
 「そういうこと。旦那、知っててわざと聞いただろ?」
そういう冗談は好きではない、と言った表情を向けられる。

村を見回すと、門だけではなく見張り塔や鍛冶場なども新設されており、それに伴って兵士も増員されている。
……確か此処の村の住人達は、首都が近いが故にいつ内戦の渦に巻き込まれるかと危惧していたはずだった。
その恐れが現実となっては、住人達の苛立ちもまた相当なものだろう。

内戦の現実味
戦争になればこの立派な大橋も崩されるかもしれない。
そう懸念していた村の住人もいたはずだ。

豊かな水、緑、花……それらを内包し、穏やかに幸せに暮らす。
そんな事を夢見てもいいはずの立地であったのに。
 「わぁ、大きな橋ですねぇー……それに滝もすごいです~」
後ろ向きな考えに耽っていた私の思考を遮ったのは、あどけない少女の歎美に満ちた声だった。

陽気に恵まれる街道
枝分かれしたカース川、それを跨ぐように敷かれた幾つもの石橋を渡る。
暖かい陽の光が幌を通してでも感じられ、心地良い。
 「いやあ、素晴らしい陽気だね」
御者も心なしか上機嫌だ。
 「だけど、この街道は夜になると危険なんだよ。あの滝の向こうに冷風ヶ淵って呼ばれる洞窟があってね。行方不明者があとを絶たないんだ……噂じゃ、みんなファルマーに喰われちまうって話だがね」
御者は右手に見える川の先を差す。
喰われるという部分に反応したのか、ベリー・ベリーが小さく震える。
 『大丈夫さ』
私が安心させるために声を掛けると、
 「ああ、そうだとも! 俺の馬車はスカイリム一安全さ!」
と、御者も言葉を重ねた。
だが私はファルマーの事よりも気に掛かる事が一つ。

 『この街道の先なんだが……確か、結構大規模な賊の拠点がなかったかい?』
私の記憶が確かならば、かつてこうして馬車を利用した時に、賊との接触を避けるために川を渡り、そしてムダールともそんな会話をやり取りしたはずだ。
すると御者は振り返り、
 「安心しなよ、旦那。ソリチュードに雇われた傭兵達があいつ等を一掃してくれたんだ。お陰様で、安心して馬車で通れるって寸法だよ」
勝ち誇ったような笑顔で答えた。

ホールドの境
かつての賊の拠点は確かに蛻(もぬけ)の空だった。
通りすがりに一瞥しただけだから確証は無いが、木の杭に突き刺さった頭蓋骨が幾つもあった気がする。
残酷、と思いがちだが、恐らくは「空になった此処に住もうものならこうなるのを覚悟しろ」と言う見せしめだろう。
内戦の火が再び燃え上がったと言うのなら、それに乗じて発生するのが、ならず者達だ。
ならばそれを抑止するのもまた必要な事。
その内の一つの手段が、晒し首や見せしめの串刺しというものだ。
ただしそれが正義と呼べる行為なのかは私には解らないが。

 「あっ、旗がありますよぉ」
 「ホールドバナーって言うんだよ、お嬢ちゃん」

首を傾げるベリー・ベリー。
その姿は、背中を向けた御者には見えないだろう。
 『この坂道を進むと……キミがドーンスターで出会ったウィザード、ヴァルネラの故郷のロリクステッドがあるんだ』
静かだが良い場所だよ、と付け加える。
へぇー、と感心するかのように頷く少女だったが、
 「そのロリクステッドも、もう拠点になっちまったよ。ドラゴン・ブリッジと似た様に防衛用の門と塀、配置されてたホワイトランの兵士達の数も増えたんだ」
と、またしても御者からの声が挟まる。
ロリクステッドもまた

 「まあ、今回はマルカルスに向かうからあそこは通らないけどね」

御者の言葉に、私は頭を抱える。
あの時過ごした淡き日々の痕跡が、これから先に消えてしまうのかも知れない。
そう思ったからだ。

拠点へと変貌
ああいかん、とまたも後ろ向きになってしまった思考を振り切る。

 『……ウィンターホールド大学で出会ったユキという女性も、そのロリクステッド出身なんだよ』
 「はぁー。美人さんの村なんですねぇ~」
 「確かにあそこは美人の多い村だねえ。農場のとこの双子の女の子も、将来美人になるだろうなあ」

御者の言葉を聞くに、やはりロリクステッドでユキとヴァルネラの二人は有名だったようだ。
 「リーチ突入っと。まだ三分の一ってところだから先は長いよ。疲れたなら一休みすると良い」
マルカルスの領土へ
はためくリーチの旗印が目に飛び込む。
徒歩に比べれば断然速いのだが、それでもマルカルスは遠い。
御者の言葉に従って一眠りするのも悪くないとも思った。

しかし旅慣れた私にとって、街道の石に揺れる馬車の中でも眠る事は容易いが……ベリー・ベリーはどうだろうか。
揺られて酔っているような様子は無いのが幸いだが、易々と仮寝できるとは思えなかった。
だがもしかしたら、話相手が居なくなる事で逆に景色を楽しむ事に集中できるかもしれない。
私や御者が余計な口を挟むのでは、興が削がれる可能性も有り得る。

あれやこれや、と様々な思いを馳せていると―――

 「ねぇ、おじさん」
何気ない一言から始まるのは
ベリー・ベリーは、その灰色の瞳を輝かせていた。

 「よかったら、おじさんのお話、聞かせてもらえませんかぁ?」
少女が尋ねたのは、私の話との事。
 『私の話、か。そうだね、それじゃあ昨日の続きとして、今度はホタルの話でも』
 「あっ、そっちじゃなくてですねぇ……」
私がホタルの生態についての話を始めようとした所、ベリー・ベリーからの言葉で遮られる。
 「おじさんの昔のお話ですぅ。子供のときとか、どんな場所で暮らしてたのかとかぁ」
ああ、と理解する。
私が何か話をする、と言う意味では無く、私自身の話をするという意味だったのか。
 「前に聞いたけど、お話する前に寝ちゃいましたしぃ~」

私はしばし、考えた。
正直な気持ちでは、あまり自分の生い立ちを他人に話したくなかった。

だが、この少女との付き合いも長くなった今となっては、他人として扱い、口を噤むのも失礼ではないかと。
そうも思えた。

 「ダメですかぁ?」
 『いや、そんな事は無いよ。どんな話をすればいいかな』
何でも答えるよ、と付け加える。
拒否されると思っていたのか僅かに気落ちしていたベリー・ベリーの瞳は、再び眩しく輝いた。
 「それじゃ、えっとぉ……そのぉ~……」
おずおずとしながら、

 「おじさんの目のこと……いいです?」

ベリー・ベリーは己自身の顔―――右目の部分に指を這わせながら、私に尋ねる。
その動作を真似するわけでないが、私も同様に右目部分に指を這わせた。
しばらくして視線を落とし、

 『これは……私が十歳の時だったかな』

ぽつりと独り言のように呟いた。




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(※ 導入の際は街拡張MODに注意。新しく設置されたオブジェで馬車が止まる事が多いです ※)

↓↓ ドラゴン・ブリッジ、ロリクステッド拡張。詳しくはリンク先参照 ↓↓
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