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失った右目に宿るもの。
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心臓の鼓動と共に鼓膜が震える。
その音と共に感じる、寒気にも似た四肢の痛み。
指先がひどく冷たい。
そして。
顔が、熱い。
『あ、あああ……』
悶えるかのような声が、喉から絞り出される。
荒い呼吸を整え、火箸で貫かれたかのような凄まじい痛みに唸りながらも顔を起こした。
『――ッ!!』
瞬間、首に走る激痛。
寝違えた時とは比較にならない程の痛みは、電撃が体内を駆け巡ったかのようだった。
己に何があった?
あの時何かが光った。
その瞬間、己の顔に何かが刺さり、そのまま倒れた。
頭を打った。
そのまま意識を失った。
断片的に思い出される。
そして消え行く意識の中、がらがらとした声を耳にした。
そうだ、己は……射られたのだ。
目の前に転がる小さくも鋭利な一本の矢を見て、理解。
これが……右目に、刺さった。
そして馬上から転落した。
あれだけの勢いで刺さった矢が、頭を打った瞬間に抜けたというのは何という僥倖か。
でなければ、顔を伏した時に矢はもっと深く刺さり込み、眼窩を貫いていただろう。
そうなれば確実に命を落としていた。
這ったまま矢を拾おうとするが――――掴めない。
右手が空を切った。
……右側が、見えない。
当然の事だ。
眼前にある鋭い先端が右目に刺さったのだから。
私は矢を掴む事を諦め、立ち上がろうとした。
すると、体が大きく傾き揺れる。
それは打ち付けられた肉体が軋んだだけではなく、右目の喪失によって崩された視界から来るものだろう。
歯を食いしばり、悲鳴をあげる身体に鞭を打って足を進める。
町に戻らねばならない。
悪漢に襲われた事実を、皆に伝えなければならない。
だが、馬は無い。
そして己の背にあった小さな背嚢も、無い。
……背中を伝う、冷たい汗。
心臓に細かな針が、いくつも刺されるかのような。
喉の奥が引き攣って呼吸も侭ならなくなるような。
ただ只管、最悪の状況が頭の中に思い浮かぶ。
それでも行かねばならない。
己の帰る場所は、あの町なのだから。
馬を使って行くほどの距離。
それを己の足で行くとしたら、どれ程の時間が掛かるだろうか?
考えるだけで憂鬱になる。
しかし、行かねばならない。
陽が落ちてしまっては、夜は極寒となるのが砂漠の決まり事。
手足の爪先が冷え切る程の失血とあらば、例え防寒具を持っていたとしても夜を凌ぐ事は不可能だろう。
その程度の事は幼い時分の己にも解りきっていた。
心は無となり、ただ足を動かす事だけを考える。
一歩一歩進むごとに、首に釘を打ち込まれるかのような痛み。
肩も、膝も、胸も、脚も、痛い。
顔の右半分はもう痛みを通り越し、既に感覚が麻痺していた。
砂漠の乾いた風に吹かれ続け、どれ程か。
よろめく身体を懸命に操りながら歩いた末に見えてきた、我が帰る町。
普通ならばここで喜びが込み上げるものだろう。
痛みに耐えながらも歩いた自分を胸の内で誉め称え、その勇気に敬服されるものだろう。
そうなるはずだろう。
普段ならば。
そう、普段ならば……。
『ああ……』
乾いた風が運んで来ていた臭いで、解っていた。
奇妙な冷気と濃厚な鉄の臭いが風に乗って、靦然なまでに死の臭気を運んでいたのだ。
血の海に沈む門番の二人の内の一人は首が見当たらない。
周囲に転がっている訳でもない。
持ち去られたと考えるのが自然だろう。
二人の亡骸に心を穿たれ、嘆きながらも……町の門を潜る。
その先の光景は予想していた通りのものだった。
至る所に広がる、血の海。
切り刻まれた亡骸。
首の無い亡骸。
抗戦したであろう痕跡として、武器が散らばっている。
無論、この町の住人達も羊ではない。
砂漠に生きる牙持ちし虎だ。
ただで蹂躙されるようなやわな心体の持ち主ではないのだ。
だが……全てが一方的だったのだろう。
恐らくは相手が悪すぎたのだろう。
転がっている亡骸の全ては、この町の住人達のものだった。
濃厚な死の臭気に包まれ、眩暈がする。
この狂った場は一体何なのだろう?
息吹に満ちていた町が、涸れて、消え失せる。
こんな事があって良いのだろうか?
現実味が無さ過ぎるのだ。
これはデイドラによって見せられた、悪い夢なのかもしれない。
私はそんな事を思い始めた。
そうだ。
きっとそうに違いない。
精神が切り離され、デイドラの支配する異次元に招かれた私の魂が、弄ばれているのだ。
眠れぬ私に、父が歌を枕にしてくれた時、確かこんな話を聞いた。
秩序を司るジャガラグというデイドラの王子。
彼は膨大な知識と強大な軍を持ち、かつてその領土はオブリビオンの海全域に広がった。
他の王子たちはその力を恐れ、彼に狂気の呪いをかける。
シェオゴラスとは狂気の呪いをかけられたジャガラグである。
シェオゴラスとなった彼は悪戯とチーズを好む。
人間が慌てふためく姿を遠くから眺めて楽しんでいる。
傍らに紅茶を置きながら。
そんな時は空に向かって叫ぶと良い。
とびっきり上等なチーズがここに!
これは紅茶とよく合うぞ、と。
するとシェオゴラスは騙されていると解っていながら姿を見せる。
そして決まって怒るのだ。
よくも騙したな、お前をチーズにして喰ってやろうか、と。
そんな時はこう言うと良い。
あなたの紅茶が飲みたかった、ようやく飲める、と。
すると彼は途端に上機嫌になる。
ああチーズの友よ、お前は馬鹿だが賢いのだなと。
そこでようやく彼は遊びのルールを教えてくれるのさ。
一期一会のさようなら、さあ遊ぼう死ね!
と楽しそうにね。
死ねだなんて恐いかも知れないが、彼にとっては愛嬌を含む言葉なのさ。
本当に怒っていたら彼は話もせずにこちらを消し去ってしまう。
つまり話をしている内は、彼は上機嫌だってことなんだよ。
長い長い遊びに付き合わされるかもしれないが、本当に殺しはしない。
狂気の王子と呼ばれる所以は、まさ
『うわああああぁぁぁぁーーーーーー!!』
喉から血が噴出するかと思うくらいの大きな声が、腹から自然と出ていた。
叫ばずにはいられなかった。
夢では無かった。
夢では無かったのだ。
爽やかな波の音が、潮の香りが、首を失い横たわる父の身体が、全てが、現実を彩る。
あっけなさすぎた。
デイドラの夢であったほうが遥かに良かった。
ただ一人残された己は、一体どうやって生きてゆけば良いのだろうか。
抜け殻のようになった私は、しばらく父の側から離れられなかった。
物静かだった父は、もっと静かに、永遠に静かになってしまった。
おまけに首も無い。
口も無ければ余計に静かだ。
しかも冷たい。
こんなに暑いのに。
おかしな話だ。
こんなにも、暑くて熱いのに。
呼吸が苦しくなるほど熱いのに。
違う。
私が、熱いのだ。
右目が熱いのだ。
そう、燃えているのだ。
煮え滾っているのだ。
失った右目の在った場所に、熱く粘つく怨嗟の泥が――
我が身を焦がしているのだ。
ぐらぐらと煮立つ私の脳内に過ぎるのは、憎悪の言葉―――
私は右目に誓う。
全てを奪った、奴を―――
『殺してやる』
―――波の音に掻き消される程の、掠れし小さな声。
だが……はっきりと、己の口から出た言葉だった。
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……私の故郷はあっさりと滅んだ。
ただ一人、私と言う少年を残して……。
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