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石は冷えて歪みは育まれる。
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石で作られた仰々しい門構えを越えて。
私達は街中へと足を踏み入れた。
篝火に彩られた石造りの建物と、山々に囲まれて天より覗く暗き空が逃げ場の無さを感じさせるな。
靴底を通して伝わる石畳の固く冷たい感触。
街の上部より流れてくる水は、山に流れし小川を彷彿させてくれる……ような事は無く、水の流れと共に運ばれる奇妙な匂いは鼻腔を冷やして凍えさせるかのような錯覚。
峡谷を這う風の音色は、獰猛な狼の遠吠えを交えたかのような不気味な心持にさせる。
―――暗い。
夜なのでそれは至極当然だが、それだけの暗さではない。
暗澹、と言い表すのが的確なのだろうか。
この街には不可思議な陰が走っている。
ベリー・ベリーも門を潜ってから、何処か落ち着かない様子だ。
それは好奇心による忙しなさではなく、心をざわつかせる街の空気に焦らされているのだろう。
私は正門を抜けてすぐに在る宿、『シルバーブラッド』へ入るように促した。
「いらっしゃい、見ない顔だね。シルバーブラッドへようこそ」
宿の主人が私の顔を見るなり挨拶の言葉を投げる。
『部屋を借りたい。二人だ』
「いいとも。20ゴールドだよ」
私と宿の主人がやり取りしているカウンターの脇では、レッドガードの親子が何やら言い合いをしている。
傍らに居る娘の事を指し、将来がどうだとかこの街での生活は苦しいなどと。
奥の暖炉の側では傭兵らしき男が、肩を落とした男を諭すかのように慰める姿。
「フラッビ、お客を部屋へ案内してくれ」
宿の主人が床を掃いている夫人に声を掛ける。
「見て解らないのかい? クレップル、私は掃除をしてるんだよ。この間の客がこぼしたチーズの塊をね」
フラッビと呼ばれた夫人は刺々しい言い回しで返した。
「お客の相手をするのがお前の役目だろう?」
「そうだね。掃除もロクにしない宿屋の主のお陰で、それもできやしない」
剣呑な空気が漂い始める。
それを察したのか、酒場の服に身を包んだ女性が駆け寄ってきて、
「ごめんなさい、私は娘のホロキ。父と母はいつもああだから……私が代わってお部屋に案内するわ」
と、頭を下げながら私達を奥の部屋へと案内してくれた。
―――――
部屋に案内された私とベリー・ベリー。
部屋の外からは相変わらずあの夫婦のいがみ合う声が聞こえてくる。
それに伴って響く吟遊詩人のリュートの音色と歌声に、酒を飲んで騒ぐ男達の声。
石の壁のお陰なのか、それらの反響は大きく跳ね回っている。
机に向かい、日誌を綴る私をベリー・ベリーはじっと見つめていた。
視線を背中に感じながらも、構わずペンを走らせる。
―――スカイリムを覆う戦乱の雲。
―――己の生い立ちを久々に人に話した事。
―――蛮族に襲われる。
―――少女の驚異的な魔法の才。
文をさらさらと連ねていく中、私は先程の道中で抱いた一抹の畏怖を思い出す。
文中で少女と称した娘、ベリー・ベリー。
彼女は「命を奪うこと」に対しての恐怖感や躊躇いを一切見せなかった。
ベリー・ベリーを、俗世からかけ離れた存在だと認識していた私にとって、あの時見せた行動は正直驚かされた。
激情のようなものをはっきりと見せたという部分もそうだが……「命を奪うこと」についての躊躇いの無さ。
蛮族に襲われていた私を助ける為に必死だった、と考えれば、それはそうかも知れない。
だが……。
それとはまた違った「何か」を、彼女から感じる。
その「何か」というものはまた、透明で曖昧なのだ。
私の胸の中で、彼女に対しての様々な感情が渦巻く。
得体の知れない何かというものが、不安を助長し、そしてそれは「畏れ」を伴う「怖れ」となった。
ふと後ろを見やると、ベリー・ベリーは寝息を立てていた。
石のベッドで心地悪そうに身体をうごめかせながらも、あどけない顔で。
………私の考えすぎだろうか。
胸中に抱いた憂患せしものを濯ぐかのように、傍らのエールに口付ける。
鉄の臭いを含んだ酒は、ひどく不味かった。
――――――
翌日。
相変わらず姦しく口舌の刃で切りあう夫婦に挨拶もそこそこで、私とベリー・ベリーは宿を後にした。
昨夜この街に訪れた時には、夜と言うのもあってか広場は閑散としていた。
だが陽が昇っている内は、商人と客で溢れ、それを見守る衛兵で溢れ返っていた。
私は近くに居た衛兵に声を掛け、尋ねる。
ジロード、と言うウィザードについて。
すると衛兵は、
「……旅の人。詳しくは聞かんがヤツとは関わるな。ろくでもない事にしかならんぞ」
と、掃き捨てるかのように言い、その場を後にしてしまった。
「……おじさん、怒られちゃいましたぁ?」
ベリー・ベリーが首を傾げながら私の顔を覗きこむ。
『いいや、そういうわけじゃあないと思うが……』
ファリオンの言葉に含まれた、「イカれた死霊術士」……と言う部分は、彼の不器用な舌から出たものではなく、真の事なのかも知れない。
口にするのも憚られると言わんばかりの衛兵の態度を顧みるに、評判は良くなさそうだ。
『また別の人に聞いて回ろうか』
私の出した提案の言葉にベリー・ベリーは、
「はぁーい」
と、快い声と笑顔で返してくれた。
要塞と呼ばれる都市には様々な人間が居るものだ。
食品を取り扱う商人や、買い物客。
神官、傭兵、用心棒……。
鉱山労働に励む者達に聞くのは流石に仕事の邪魔になるだろうと思って控えたが。
全ての者達に尋ねても、眉を顰めるだけではっきりとした言葉で返さない。
それどころか、この街の何処に住まうのかも教えてくれないのだ。
皆々が関わりたくない、と言う態度を顕著に示す。
マルカルスにさえ着けばすぐに会えると思っていたが、考えが浅かったようだ。
私達は首長が住まうであろう宮殿の方へと足を向ける。
峡谷に存在する自然の要塞なだけあって、要人が住まう場所は山のやや高い位置にあり、侵攻や襲撃を受けた際にはとても有利な場所だ。
物資さえ整っていれば、篭城する上でこれほど優秀な立地はそうそう無いだろう。
反面、日常で過ごす場合は高低差に悩む事になるのは確かだが。
長くて高い石の階段に、ベリー・ベリーが四苦八苦する姿。
私は彼女が足を踏み外さないかどうか頻繁に後ろを見やりながら、階段を進む。
そして要塞の中から出てきた一人の衛兵に声を掛けた所、ようやく良い話を聞くことが出来た。
「あいつはこの街の最上部に居る。向こうにある扉の先から行けるが……まあ、まず会えんよ」
顎でくいと指した先にある扉。
要塞から出てきた衛兵はそれだけ言うと、階段を降りて行った。
その後姿が見えなくなると、傍らのベリー・ベリーがぽつりと呟く。
「どういう意味でしょうねぇ~?」
『気難しい、と言う意味かもしれないね』
ベリー・ベリーを扉の方へと促しながら足を進める。
「んー……ウィザードって、変わったヒトばっかりなのかも知れませんねぇ」
私は言葉に詰まったまま、扉を開けた。
薄暗い通路の先に見えるのは、ドゥーマー仕掛けのエレベーター室だ。
円柱状になった部屋の天井を見るに、恐らくはこれが作動して上へと登って行くのだろうが……実物を見るのは初めてだった。
部屋の中央にあるレバーを眺めて、頭を捻らせるベリー・ベリー。
『転ばないように、座ってるといいよ』
疑問の眼差しを向けるものの、言われるがままに腰を下ろす。
それを確認した私はレバーを引き、エレベーターを作動させた。
「わわっ」
揺れる足元に思わず驚きの声が発せられていた。
緩慢に床が登っていき、止まる。
そしてそこにはまた通路と扉が一つ。
私達はエレベーター室を後にした。
「あわわ……」
扉を抜けた先に広がるのは、マルカルスを全貌し尚且つリーチの山々を眺めることの出来る程の、高台。
下に居た時よりも少し強い風が頬を撫で、若干肌寒く感じられた。
ベリー・ベリーも思わず身体を震わせていたが、それは恐らく寒さだけではないだろう。
『足を踏み外さないようにね』
一瞥しながら言葉を掛けると、
「は、はいぃ~……き、気をつけますぅ~……」
精一杯の笑顔で返してくる……が、その笑顔は引き攣っていた。
ウィンターホールド大学の時が脳裏を過ぎる。
ベリー・ベリーは高い所が得意ではないのだろう。
『……大丈夫かい? 手を引こうか?』
向き直って右手を差し出すと、返事より先にその手が伸びてきた。
「お、お願いしますぅ~……」
明らかな震えが手を通して伝わり、私は思わず窃笑を零した。
ベリー・ベリーの手を引きながら、扉を確認する。
親切にも扉の脇に表札のようなものが備わっていた為、住人の名前が解るようになっていたが……
ジロードと言う名前は見当たらなかった。
歩を進めて行くと、その角に扉が一つ。
表札が無い所を見ると、この扉の先には住人が居るのではないと言う事。
先ほどの衛兵の言葉を思い返すに……まだこの先に上部があると言う事だろう。
ゆっくり力を入れて開けた扉の先は、先程のエレベーター室と同じ造りの部屋であった。
「……まだ上があるんですかぁ?」
唇をまごつかせて呟く。
『そう、みたいだね』
身体を震わせながらも足を止めない所は、流石と言った所だ。
部屋の中央に着くと、私は手を離し、
『それじゃあ、また座っててくれるかな』
腰を下ろすように促した。
―――――
「あ、あわわわわ」
エレベーター室の床が上がっていくと、先程とは変わって吹き曝しの高台へと移された。
山々を拭き抜ける風に撫でられ、ベリー・ベリーはへたり込んでしまう。
この高度は流石に予想外、そして何より遮るものが何も無い場所に出されるのも想定外。
腰が抜けてしまうのも無理はない。
『大丈夫かい? 手を貸すよ』
「あ、ありがとうございますぅ~……」
力の抜け切った身体を何とか動かしてか、ベリー・ベリーは私の手に捕まる。
吹き曝しの場を僅かに進めば、格子の掛かった道に出る。
そしてそこにあるのは一つの扉。
周囲を見渡しても、はたまた見上げても建造物らしきものは無い。
どうやら此処が最上部に当たるのだろう。
そして恐らくは、尋ね人ジロードの住居。
いざ扉を開けるべく前に進むが……びくともしない。
鍵穴らしきものも無ければ、閂(かんぬき)が掛かっている様子も無い。
壁を押しているかの様に、まさしく動かないのだ。
『開かない、な……』
思わず胸中を吐露。
「鍵が掛かってるんですかぁ?」
私の側まで寄って来て、顔を覗きこむベリー・ベリー。
『いや、鍵が掛かっているというよりか……まるで壁でも押しているかのようなんだ』
手で押し、扉が動かない様子を実際に示してみる。
「あらー、何ででしょうねぇ?」
首を傾げながらも、ベリー・ベリーは扉へと手をかざす。
すると、どうだろう。
その両脇に置かれたカップのような器から白光が灯され、扉から軽快な音が聞こえてきたではないか。
「わっ」
突然の出来事に、傍らの少女は一瞬怯んだ。
『……開いた、のかも知れないね』
私は扉に手を押し当てると、先の出来事は何だったのかと言わんばかりに、あっさりと扉は開いた。
―――――――
『これは……』
扉を抜けた先。
そこは、何と不思議であろう。
確かに此処は峡谷の最上部に位置する場であり、建築の仕方次第では幾らでも広くなるだろう。
だが外から見る限りでは、広めの生活空間が一つと、後は寝室に当たる空間が取れるぐらいの大きさしかなかったはずだ。
しかしいざ中に入ってみると……高い天井に、長い通路。
そしてその先には更に広大な空間が広がっているであろうと感じさせる造り。
外観と内観の広さがまるで違うのだ。
「はぁー……なんだか、すっごく広々してますねぇ?」
その違和感は、ベリー・ベリーも感じ取ったようだ。
もっとも、王が鎮座するかのような玉座の間の如き広大な場を見たとなっては、その感覚は真っ当なものであろうが。
辺りを見回し、不思議で仕方がないといった表情だ。
『まあ、進んでみようか。ファリオンの話では、ここの家主……この部屋に暮らす人が、きみの先生の事を知っているはずだから』
「はぁーい」
私達は玉座の間を後にし、うす暗い通路を進む。
通路の壁の部分部分にはタムリエルの神々の彫像がオブジェの様に置かれていたり、奇妙な紫色や青色の篝火が灯されていたり等、これまた奇妙なものだった。
ひやりとした空気に、どこか湿った風が通路を拭き抜ける所を鑑みると、どこかに水場があるのだろう。
何事も全てが奇妙で奇天烈。
だからこそ、今は何も考えないでおこうと決めた。
まずは家主を探す。
ただそれだけに集中しようと。
しばらくの間、通路を道なりに進んでいくと、螺旋階段の組まれた円柱状の場に出た。
階段の先、上からは淡い光が零れているのが目に映る。
そして同時に、僅かながらの人の気配も感じられた。
私とベリー・ベリーは一度顔を見合わせ、それから足を踏み出す。
「誰ですか」
階段を登りきる手前、その先にある一室から声が聞こえた。
威圧的な声音でその音はとても低く、どこか妖しい響きすら含む声だった。
研究室とも言える様な、様々な薬瓶と不可思議な品々が飾られた棚に、錬金術薬品精製の場。
威風とも見て取れる仰々しいローブに身を包んだ男。
「私の住まいに足を踏み入れられると言う事は……相応の者でしょうね」
辞書のような分厚い本を片手にしながら語りかけるその男は、冷たく鋭い眼差しを向けていた。
その瞳から窺えるのは敵意と不満の一色。
『突然お邪魔してしまい申し訳ない。私達はとあるウィザードを探していて、その果てが貴方だったという訳です』
魔法を放たれてはたまったものではない、と事情を説明しようと口を開いた。
「お邪魔して、ごめんなさい。私はベリー・ベリーっていいますぅ」
「ほう……? どうやらアリア・セレールの関係の者のようで」
と、ベリー・ベリーが頭を下げた瞬間、全てを悟ったようだった。
「えっ? どうして解ったんですかぁ?」
「波動です。貴方の持つ魔力の波動の性質は、アリアにとても良く似ている」
ウィザード固有の鑑識なのだろうか。
そう言われた当のベリー・ベリーは、無邪気に笑っていた。
「先生と似てるですってぇ。えへへ」
照れ臭そうに微笑みながらこちらを一瞥するが、私は気の利いた返しが思い浮かばなかった。
私は家主の男に向き直り、尋ねた。
『では、貴方が……』
「此処の主、『ジロード』です。お見知りおきを」
ジロードは名乗ったと同時に、手にしていた本を畳んで本棚に仕舞う。
眼鏡の縁を直し、こちらを見つめた。
ベリー・ベリーはおずおずと前に出、
「あ、あの……わたし達は先生を、アリア先生を探してるんですぅ」
『モーサルのファリオンと言うウィザードに聞きました。彼女が此処に向かったと言う事を』
私も言葉を連ねる。
ふむ、とジロードは顎に手をやって考え込むかのように口を噤む。
そして一拍間を取ると、
「なるほど。そこのお嬢さんはアリアの言っていた大切な弟子、と言う訳ですか」
そう言った後、ジロードは私の方へと視線をやる。
魔力の欠片も無いような者が何故アークメイジに縁のある者と共に居るのだろう、と言った目だ。
『私は、この子の……保護者のようなものです』
合点がいったのか、ジロードは無言で頷く。
「ついて来て下さい」
促されるまま、私達はジロードの後へと続く。
研究室の一画の先の階段、そこを進むと……そこは開けた場所になっており、高台のようになっていた。
眼下には池のような水場があり、そこかしこに奇妙な植物の姿も見える。
「残念ながら、アリアはもう此処には居ませんよ。私の知識と技術を吸収して、すぐに出て行ってしまいました」
ジロードの言葉にベリー・ベリーは肩を落とす。
「ファリオンから私の事を聞いたと言う事は、アリア、そして私の研究についてもご存知でしょう」
こちらを振り返ること無く言葉を続ける、ジロード。
「彼女は、無の状態から有の存在を生み出すべくして、私の元へ尋ねて来ました。元々私は錬金術師と死霊術士、二足の草鞋だったのですが……私もまた無から有を造り出すべくして切磋琢磨した身。彼女とは意気投合しました」
大きな柱の周囲を回るようにして作られたスロープを下りながら、会話は続く。
「無から有を造り出すと言う行為は、古来より禁忌とされし法。何故ならそれは神の定めた摂理を覆すものだからです。生命の理を超越と言う意味では、ハグレイヴンによるブライアハート呪術なども、そうかも知れませんが……」
熱の籠もった声。
恐らくは笑っているのだろう。
「所詮奴等の呪法は死霊術と医術の掛け合わせ。私やアリアが求めたのはそんな陳腐なものではありません。完全なる無から生み出される完全なる有……言わば『創造』の法」
意気揚々として連ねられる言葉。
ベリー・ベリーは目を丸くして聞いているが、理解しているのだろうか。
「そしてそれは遍く全てに当て嵌まる……例えば、この私の住まう空間。ここもまた私によって『創造』されしもの。そう、創造とは全ての有を司るのです。そこには霊的な次元のものも、ごく身近な次元のものも、一切の制約は存在しない」
私達に向き直ったジロードは、非常に歪な笑顔を浮かべていた。
言葉は悪いが……そう。
狂気、と言うものに憑り付かれているような。
レバーが引かれると、エレベーターはゆっくりと稼動し、上へと昇っていった。
ジロードの後を続く私達は、この空間に訪れた時に最初に目にした玉座のある大広間へと戻った。
「無論、この空間を創造するのは容易ではありませんでした。もとはと言えば、創造の知識の足掛けになればとハグと身近なこの場に根を下ろしたのですが……それはとても時間のかかる研究でした」
ハグ、とは平たく言い表せば『魔女』と呼ばれるような存在。
かつて読んだ書籍によれば、迫害によって辺境に追いやられた女性達が何らかの原因によって妖魔と化し、モンスターと呼ばれる存在になったと言う。
独自の呪術を用い、摂理の理から外れしその存在は、いつかは土着の民であるフォースウォーンの一部から崇められ、司祭のような存在にもなっているとか。
先程ジロードが言っていた『ハグレイブン』と言うのは、それのもっともたる例だ。
「しかし、アリアの来訪で研究は躍進しました。彼女は既に空間創造の法を心得ており、私はそれを彼女から指南して貰いました。そして同時に、彼女には私の不完全な肉体創造の法を教授した、と言う訳です」
ふむふむ、と頷くのはベリー・ベリー。
「それでぇ、先生はいったいドコに行っちゃったんですかぁ?」
その言葉に、ジロードは両手を大袈裟に広げ、おどけて見せる。
「私の教えた肉体創造の法をより完璧にする、と言って、行き先も告げずに出て行ってしまいましたよ。生憎と、私が心得ていた肉体創造の法は 『女性の肉体を創造する事』 は可能でも、男性の肉体を創造する事は不可能でしたからね。不完全と称したのは、そういう事です」
ファリオンが表現した『イカれた』と言う部分は、この事なのかも知れない。
ククク、と喉の奥で笑うジロード。
茫然自失と言わんばかりの、ベリー・ベリー。
私も呆れて物言えぬ状態となってしまった。
そして同時に、これで尋ね人「アリア・セレール」の足取りは途絶えてしまった事となる。
これは由々しき事態だ。
くつくつと笑い続けるジロードを尻目に、私は頭を抱える。
すると、刹那―――
「動くな!! 全員手をあげろ!!」
―――大広間に突然、大きな声が響いた。
緊迫に満ちた声。
思わず振り返って見ると、大広間の入り口には弓を番えた一人の男が屈んでいた。
「はぁい」
右手を垂直に伸ばし、答える。
「鼠が紛れ込んでしまったようで。まあ、入り口の仕掛けがこの少女に解かれてしまった以上は仕方がありませんね」
ジロードは、付け狙われるのには慣れていると言わんばかりの沈着冷静ぶりだ。
大広間の入り口に屈んでいた男は、その姿勢のままゆっくりとこちらへ近付いてくる。
弓の狙いはしっかり付けたままで、だ。
男は玉座の両脇に備わった階段をゆっくり登ってくる。
私は両手を掲げ、戦意の無い事を表した。
「ようやく侵入できましたか。そこのお嬢さんに感謝すると良いですよ」
ジロードが棘を含んだ言い回しで侵入者の男に語りかける。
「まったくだ。これでも潜入の神と言われてたんだがな……捻くれた家主では扉の鍵まで捻くれるらしい」
男もまた、皮肉めいた言葉を綯い交ぜ返す。
それに対しジロードは、やや冷めた目で応えた。
「……それで、一体何の用ですか。見ての通り、今は客人が来ていますから私は忙しいのです。血生臭い真似はごめんですよ?」
「こちらだって事は荒立てたくない」
男は弓を構えたままゆっくりと立ち上がる。
「……『フロッグ』を返して貰おう。アイツは何処だ」
男の言葉にジロードは溜息を漏らす。
同時に男は弓を下ろし、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
それを見た私は、掲げていた両腕を下ろす。
男は私の顔を一瞥し、それからジロードと向かい合う。
「アイツはギルドに必要な男だ。失うわけにはいかない」
「あのアルゴニアンの事ですか……彼ならとっくに市警隊に引き渡しましたよ」
「なんだって!?」
「その後の事は知りません。何処かに移送されている姿は見かけましたが」
「なんてこった……!」
頭を抱える、男。
動きや佇まいこそ若々しく映るが、見た所壮齢の男性。
気配がまったく察知出来なかった一面などを考慮すると、この男は相当の使い手だろう。
「振り出しに戻った、か……。まあ此処にいないと解っただけ良しとしよう」
男は踵を返す。
それと同時に私達へと向き直り、
「お二人さん。アリアと言う女性なら、ホワイトランに居たぞ」
と一言。
「ほ、ほんとうですかぁ!? べ、別人とかじゃないですよねぇ!?」
その言葉に、ベリー・ベリーは立ち去ろうとしていた男の服の裾を掴み、喰い付いた。
あまりの勢いでか、男は思わずたじろいだ。
「あ、ああ。これからはホワイトランにずっと滞在するとも言ってたぞ」
少女はまるでお菓子を前にした子供のように、目を輝かせる。
「私の先生は、美人ですよぉ!?」
「あ、ああ。確かに美人だったな」
「背も高いですよぉ!?」
「ああ、高かったな」
「お胸もおっきいですよぉ!?」
「それは実物を見てないから何とも言えないが……だが着痩せするタイプだとは踏んだ。あれはかなりデカいはずだ……!」
思いを巡らして楽しそうに笑う男の言葉に、ベリー・ベリーは首を傾げる。
『……次はホワイトラン、だね』
「あ、はい! そうですねぇ!」
喜びに跳ね上がりながら返事をした。
「何故ホワイトランに……何にせよ良かったですね」
ジロードも半ば圧倒された様子で祝福の言葉を掛ける。
「はい! メガネさんもありがとうございましたぁ!」
メガネさん、と呼ばれたジロードも流石に一瞬眉を曇らせる。
だがベリー・ベリーの無邪気にはしゃぐ姿に圧倒されたのか、言葉は飲み込んでくれたようだった。
『ありがとう、ジロード。お邪魔しました』
私は頭を下げ、場を後にすべく足を進める。
ベリー・ベリーも軽快な足取りでそれに続く。
「ベリー・ベリー」
ジロードが語気を強め、呼び止める。
疑問符を頭の上に浮かせたかのような表情で振り返るベリー・ベリーに、
「どうか、気をつけて。ええ、気をつけて」
と、皮肉めいた色と怪奇な含みを交ぜし声で、告げた。
「……??」
その言葉の真意を理解しかね、首を傾げて応える。
そしてその反応にジロードは心底驚いているようだった。
「これは驚いた……『気付いて』いないのですね。クククッ、実に純粋だ」
眼鏡の縁を押さえながら、さぞかし楽しそうに肩を震わせる。
私とベリー・ベリーは呆気に取られていたが、気にせずその場を後にした。
「それじゃあ、さよーならぁ~」
大広間の入り口でベリー・ベリーはジロードに向かって手を振る。
ジロードはまだ肩を震わせ、笑いを押し殺していた。
そんな彼を尻目に、私達はその場を後にする。
石の街でより一層歪んでいる使徒。
その彼が愉悦に浸っている。
それは一体何を意味するのか、と逡巡するだけでも怖気て竦みそうになる思いだった。
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■ 次頁 ■ 《 変わり行く世界にて何を想うか。》
■ 前頁 ■ 《 石に染み込んだ血は深く。》
■ 目次 ■
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↓↓ マルカルスを上へと拡張 ↓↓
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↓↓ ジロード ↓↓
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↓↓ 創造された空間(実際にはマルカルスと繋がっていません) ↓↓
http://skyrim.2game.info/detail.php?id=20265
http://www.nexusmods.com/skyrim/mods/20265/?