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変わり行く世界にて何を想うか。
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暗き通路を抜けて再び扉を潜った時―――何かが弾けたかのような音。
それは鍵が掛かった、という事を表していた。
「やれやれ。とんだ無駄足だった……。アンタ等も巻き込んで済まなかったな」

まるで同行者であるかのように、ごく自然と私達に向かって投げ掛けるのは、先程の侵入者だ。
「いえいえー。おかげで先生のことも聞かせてもらえたので~」
事態を理解しているのかどうか定かではないが、侵入者の謝罪の言葉に対して返したのは、ベリー・ベリー。
しかし結果が良ければ、全て良し。
ジロードが思っていた以上に寛容であった事と、この侵入者が血気盛んでない事は幸いだ。
「俺も仲間を探してスカイリム中を駆け回っている身だ。他人事とは思えなかったのさ」
唇だけ吊り上げて微笑む侵入者。
気障とも言える所作であったが、実にサマになっている。

侵入者はレバーのある床の方へと歩いていくと、
「それじゃあ俺は仲間を探すのを続ける。じゃあな、お二人さん」
そう告げた。
「さよーならぁー、ねずみさん~」
ベリー・ベリーは先程ジロードが表現した「ネズミ」と言う単語を、この侵入者の名前であると勘違いしているようだ。
思わず身体を滑らす私と、侵入者。
「はっはっはっ、愉快なお嬢ちゃんだな! だが俺の名前は鼠じゃあないぞ?」
からっとした笑いを一つした後。

「俺は『スネーク』。生憎と鼠を捕食する側だ。それじゃあな、お二人さん。尋ね人と再会できる事を祈ってる」
親指を立てて爽やかに別れの言葉を投げ、スネークは下へ吸いこまれて行った。
―――――――
再びエレベーターを使って下へ降りると、腰砕けとなったベリー・ベリーを石のベンチに座らせた。
そして私は地図の確認をする。

スカイリムの中心に位置するホワイトランとなれば、何処の要塞からでもそう遠くはないのが救いだ。
しかしここリーチ地方から向かうとなれば、勾配の強い山道を進む事となる。
一応中継地として利用可能な宿、『オールドフロルダン』があるが、それでも徒歩では結構な距離。
「いやぁ~、良かったですぅ。メガネさんは先生の行き先を知らなかったですからねぇー」
ベリー・ベリーは緩む顔で私へ語りかける。
ホワイトランで再会できるかは兎も角として、次の足掛かりを得られたのだから安心なのだろう。
胸を撫で下ろしているかのようにも映る。
『……ふむ。また馬車に揺られる事になるが、構わないかな?』
「はぁーい」
経路の確認を終えた私の言葉を、明るい声で受け答える。
私はまだ楽観出来ていない。
ベリー・ベリーの事を思えばこそ、口には出さないが……―――
『アリア』と言う名前の女性は、結構ありふれた名前である。
つまりはスネークの齎した情報が、ベリー・ベリーの捜し求める『アリア・セレール』でない可能性があるのだ。
スネークとベリー・ベリーの交わした会話での共通点は断片的過ぎる上に、決定的とする材料に欠けている。
無論、スネークも我々を担ぐ目的でこの情報を齎したわけではないとは思うのだが、もう既に『見つかったようなもの』と判断するには、今のベリー・ベリーの心は些か早急で楽観的と言えるだろう。
……今までの道程や苦節を思えばこそ、そうなってしまうのも無理はないのだが。
しかし、もしかしたら『そう』なのかも知れないという可能性もある。
そして仮に違っていたとしても、ホワイトランはスカイリムの中心の都市。
それだけ人間が集まる場所でもある。
空振りであったとしても、そこでの聞きこみで何かしらの情報を得られる可能性もある。
全ては『可能性』であるのだが、アリア・セレールの痕跡が途絶えてしまった以上はそれに賭けるしかないのだ。
私達は足早に石の街を後にするのだった。
―――――――
石造りの門を越え、外へと出ずる。
澄み渡る青い空と、眩い白い雲が広がっている。
開放感からか、思わず深呼吸を一つ。
それは隣のベリー・ベリーも同じだったらしく、深く息を吸いこんで大きく胸を揺らしていた。
衛兵達の怪訝な視線が刺さったが、石で冷え切った街から立ち去れると思えば胸は軽い。
街の外に構える馬車の姿を確認すると、私達は石の階段を降りて進んでいく。

『馬屋があるね』
顎で指して視線を促す。
「お馬さんですねぇ。お犬ちゃんも一緒ですねぇー」
お犬ちゃん、という初めて聞く呼称に思わず頬が緩んだ。
『なんだったら馬を購入するかい? 私はそれでも構わないよ』
緩やかな下りになった道を歩きながら、語りかける。
私の言葉を聞き、様々な思考を巡らせているであろう、ベリー・ベリー。
必死に考えた末か、僅かに唸りながら呟いた。
「……おじさんの、後ろに座れるなら?」
『それは無理かな。二人乗りの鞍は、馬屋で販売していない』
私の言葉にからかわれたかのように感じたのか、少女は唇を尖らせて応えた。

……上手い事、馬車の先に見える残酷な光景を目にさせずに此処まで来られた。
この街に訪れた時は夜半であったため視界に入らなかったが、檻に入れられて無惨にも朽ち果てた者達が晒されていたのだ。
幸いにして馬車の側までくれば、衝立(ついたて)のようになって遮られて見えなくなる。
何とか思案し巡らせ、馬屋へと注意を向けるという方法を取ったが、やり過ごせたようだ。
「乗ってくかい?」
『ホワイトランまで。二人だよ』
御者の呼び掛けに頷き、行き先を告げた時―――
「ちょっと待っとくれ」
しわがれた声が、後方より聞こえた。

振り返ると、少し離れた位置にて、鎧に身を包んだ壮齢の女性が立っていた。
「馬車に乗るんだったら、私も一緒に乗せてはもらえないかい?」
ベリー・ベリーは私の方へと視線を送る。
任せる、と言う意思が汲み取れた。
『構いませんよ。行き先はホワイトランですが、それでも宜しいですか?』
私の返答に一瞬目を伏せ、
「そうかい……私は『ファルクリース』なんだがねぇ」
と、残念そうに呟いた。
「ファルクリースだったなら、迂回をすれば寄れるよ。もちろん先客さんが良いって言えばの話だけどね」
御者が言葉を放つ。
おお、と目を輝かせる壮齢の女性。
ふむ、と顎に手をやり考える私。
そんな私をじっと見つめる、ベリー・ベリー。
『それじゃあ、ファルクリース経緯でホワイトランまでお願い出来るかな』
「あいよ、ホワイトラン行きは一人50ゴールド、ファルクリース行きは20ゴールドだよ」

「気遣いありがとうね。私はファルダ……よろしくよ」
ファルダと名乗った壮齢の女性は恭しく頭を下げて礼を一つ。
私達は料金を支払うと、馬車の席へと足掛けた。
――――――――
マルカルスの門から街道へ続く道は、蛇のように曲がった下りの勾配を何度か行き来する。
ベリー・ベリーが危なげに身体を取られていたが、隣に腰掛けたファルダが都度手を貸し支えてくれた。
曲がった下り道を終えて街道へと進み、カース川を跨った橋を越える。

靄と蒸気、そして煙に歪んだマルカルスの街を一瞥すると、僅かに切ない気持ちになった。
遠くから眺めるあの石の街は、こんなにも荘厳なのに、と。
マルカルスには長きに渡って繰り広げられた戦いによって、その石に血が染み込みすぎている。
むしろタムリエルで血に染まっていない地など存在しないのだが、マルカルスは別格と言えよう。
ノルド、インペリアル、ブレトン、エルフ、ドゥーマー……
幾千幾万の血が染み込んだ結果、土地自体に『呪い』のようなものが結ばれているのかも知れない。
「お二人さんは、随分長い間一緒に旅してるみたいだねぇ」

黙考の幕を上げたのは、ファルダの問いかけだった。
「見た所、兄妹かなにかかい?」
ゆったりとした優しい声音で、私達に語り掛けてくる。
その優しい声を聞くだけで、心が温まり、指先にじわりと熱が広がるような錯覚を感じた。
『いえ、そんなに長く一緒に居る訳ではないですよ』
「きょうだいですかぁ~……それじゃあ、おじさんじゃなくて『おにいちゃん』って呼ばなきゃですねぇ?」
その優しい声音に絆されたのであろう、ベリー・ベリーも笑顔でファルダに答える。
「おやおや、年寄りの目は耄碌してていけないねぇ。仲が良さそうなもんだから、てっきり長年の付き合いだとばっかり思ってたよ」
照れ臭そうに微笑むファルダ。
それに釣られて、ベリー・ベリーも照れを交えた笑みを浮かべている。
「えへへ。仲良しですって」
ありがちに『恋人』などと表現しない所を見ると、そういった気遣いが出来る女性なのだろうと感じた。

フォースウォーンにも深く信仰されているディベラ神。
その祭壇の脇を通り抜け、リーチ地方独自の石橋を馬車は駆ける。
「私とおじさんは、ぐうぜん町で出会って、それから一緒に旅してるのですよぉ~」
私以外の人間との世間話は久方ぶりなせいか、ベリー・ベリーは冗舌だ。
しかし冗舌であっても物事を伝える能力はやはりそのままである。
『この子は行方が解らなくなった自分の母親を捜していまして、その旅に私も同伴させて貰っていると言う所です』
足りない情報分をフォローで付加する。
「でもぉ、おじさんにはお世話になりっぱなしですねぇー」
私の言葉に、ころころと笑いながら続く。
ファルダは私達の言葉を噛み締めるようにゆっくりと頷き返す。
「そうかいそうかい。お嬢ちゃんとお兄さんが出会ったのも、きっと神様の導きかもしれないねぇ」
「かみさま、の?」
目を点のようにして聞き返すのは、ベリー・ベリー。
「そう、神様の。そして私達が出会ったのもね」

馬車は『サンガード砦』の前の街道まで来ていた。
御者ならば、かつてこの砦を奪いあった帝国軍とフォースウォーンの話でもするものだろうが、私達三人で話が盛り上がっているのを感じてか、無言を貫いている。
「懐かしいねぇ。よくこの道でフォースウォーンに襲われたものだよ」
街道を見渡すかのように首を捻る、ファルダ。
「私はねぇ、街道を通る馬車や、商人達の護衛をやっていたのさ。スカイリムの中だけだけどねぇ」
少しだけ首を擡げて、深呼吸を一つ。
どうやら過去へ想いを馳せているようだ。
「恋人も作らず、何十年も……。狼の群や、凶暴な熊と戦うのはしょっちゅうだったよ。なにを追い求めてたんだろうねぇ、あの時の私は」
ファルダのしっとりとした口調に、私とベリー・ベリーは思わず聞き入る。
「自分でも何を求めているのか解らないから必死だったんだろうねぇ。意地を張って孤高を貫いたりしたもんだけど、いまの私には何も残っちゃいないねぇ」
ふぅ、と小さく溜息。
「誰かに認めて貰いたくて仕方が無かった……。それが解った時にはもう遅かった。私は歳を取りすぎてたわ……。多分、自分で気付く前にそれを察してくれた他人も居たはずなんだ。でもその手を払いのけたのも、私だったんだよ」
「おばあちゃん……」
ファルダの寂しげな声音でその心中を察したのか、ベリー・ベリーも神妙な面持ちだ。

ファルクリース地方に足掛かり、街道は常緑樹林に包まれる。
先程まで晴れ渡っていた空が暗くなりだすと、それは段々と広がってゆき、そして粒となって落ちて来た。
我々には幌があって濡れはしないが、御者はフードとケープを被って馬を走らせる。
「すまないねぇ。お嬢ちゃんを見て、ふと思ってしまったんだよ。私にも、もしかしたらこれくらいの歳の孫が居たのかも知れないってね」
ファルダはベリー・ベリーの肩に手を置き、優しく微笑んだ。
「スカイリムに生きる者として、私は充分な人生を歩んだ……。ファルクリースに向かうのは、いつ死んでも良いようにしようと思ってねぇ」
ベリー・ベリーは唇をまごつかせ、返答に困っている様子だった。
私はただじっと、ファルダの顔を見据える。
ベリー・ベリーはファルダの言葉に対し、『寿命』と言うものが脳裏を過っているだろう。
だが私の思考は違った。
寿命で死ぬるなら、何処でも構わない。
ただ一人で只管生き抜いてきたこの女性ならば、それぐらいの気構えはあるはずだ。
つまり、彼女の言葉の真意は―――
「着いたよ、ファルクリースだ。俺はここで待ってるよ」

スカイリム南部に位置し、山麓に囲まれし古き要塞。
ファルクリース。
国境近くに位置するこの街では、ハンマーフェルやシロディールに属する列強国と過去幾度も戦いを繰り広げたと言う。
豊富な緑資源、未開発の山麓と揃っているため、拠点としては申し分ないはずだ。
反面、治めたら治めたで、いつ侵攻されるか解らないと言う恐怖に脅かされる。
周囲を開発して街を発展させても、その果てに略奪されたとなっては意味が無いのだから。

馬車を降りた私達はファルクリースの中へと足を踏み入れた。
濃厚な緑の香りが心を澄ませてくれる反面、街に根付いた死の香りが心をざわつかせる。
私とベリー・ベリーは無言で、ファルダの後に続いた。
街から外れていくその道は、徐々に緑が深くなってゆく。
緩やかな勾配を進み、身体を包む湿気の度合いも強まる。
「着いた着いた」

ファルダの目指した先は、墓場であった。
長い歴史の中、幾度も戦の渦に身を投じたこの街ならではとも言える。
見渡す限りの、墓石、墓石。
そして何ともタイミングの良い事か、私達が着いた時、葬式らしきものを執り行っている最中であった。
「やあやあ、ありがとうね、お二人さん。とんだ寄り道させちゃってごめんよ」
厳粛な空気の中で、ファルダは朗らかな微笑みを浮かべた。
「こちらこそ、ありがとうございましたぁ、おばあちゃん。あのっ……お元気でぇ」
葬儀の邪魔をしては申し訳ないので、小さな声でのやりとりであったが、確かに耳に届く声。
「ありがとう、お嬢ちゃんもね」

その後、ああ、と付け加えるように、
「お兄さんもね」
と、私にも別離の言葉を投げた。
ベリー・ベリーは名残惜しそうに手を振ったが、私は止めるように促し、踵を返す。
―――ファルダは。

ファルダは、ここで『戦って』死ぬつもりなのだ。
ここスカイリムで内戦が激しくなっていると言う事は、資源に満ちたこの街は拠点として再び狙われる事となるだろう。
奪い、奪われ、殺し、殺される。
それが日常となっていた彼女にとって、ファルクリースでいずれ起こるであろう争乱もまた、日常の延長でしかないのだろう。
境界線。
それを失った彼女にとっての人生とは、世界とは、どう映るのだろう?
ファルダの心は、もうとっくに壊れ切っている。
戦いが無くては居られない。
反面、そういった部分とは懸け離れた『日常』に焦がれ渇いたのも事実だろう。
ベリー・ベリーに対して『孫』と称したのは、狂おしいまでに恋慕した『日常』を錯覚したかったのかも知れない。
私は胸の中の遣り切れない、処理し切れない感情の嵐に―――思わず、天を仰いだ。
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