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雨と木と川の道のりで。
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「あれれっ??」
ベリー・ベリーの素頓狂な声が、雨音と混じる。
私も思わず目を丸くし、一度周囲を見回したほどだ。
門の前に待たせていたはずの馬車が、居なくなっているのだ。

「お前達の乗ってきた馬車ならもう居ないぞ。サルモールの高官達が罪人を連行させるために乗って行ってしまったからな」
門の近くに立つ衛兵が、私達に状況を説明した。
「まあ怨まないでやれよ。サルモールに剣を衝き付けられて断れるヤツなんてのは余程の愚か者だけだからな」
理解不能、とベリー・ベリーは首を傾げている。
私は理解可能であると、衛兵に頷く。
シロディールに近い場所に座するファルクリースならではの事象と言うべきか。
サルモールの話となると、帝国、シロディール、スカイリム、タロスと様々なものが複雑に絡み合う事となる。
サルモールと言う組織が、ノルドが最も強く信仰する『タロス』と言う神を毛嫌いし崇拝を禁止するのは一部の『アルトマー』の心に深く根付いた恐怖心から来るものではないだろうかと思う。
アルトマーとは『ハイエルフ』の通称だが、サルモールという組織が掲げる信条とは簡単に言い表すと、ハイエルフこそが世で最も優れた種族であり、高潔で強大で支配種に相応しいと言うものだ。
己の血に対する誇りが、その驕りを生むのかも知れないが……そんな単純なものではないだろう。
私自身も本から得た知識だけであって、歴史に聡い訳ではないのだが。
「馬車がとられちゃったってことなんですね?」
「まあ解りやすく言うと、そうだな」
ベリーベリーと衛兵の会話にて、思考が現実へと引き戻される。
『それじゃあ、ホワイトランまでは歩こうか。ここまで来ればそんなに遠くはないからね』
鼻先を伝う雨の滴を指先で払いながら言葉を掛けると、
「はぁい」
と、いつもの明るい声音で返ってきた。
―――――――
しとしと、と優しく降る雨。
空に広がる雲は薄く、陽はまだ高い。

街道に弾ける雨音と、木々を滴らせる音が心地良い。
気温も若干の寒さを感じるものの、息が白んだり四肢の末梢が悴むような事はない。
旅の一環として情緒を味わうために濡れながら歩くとしたら、悪くない環境と言える。
ただ一つ注意すべき事と言えば、ファルクリース地方は自然が豊かである反面、野生の熊や狼達が大量に生息している地域。
その中に時折トロールと、ジャイアントスパイダーも混じるのだから、堪ったものではない。
人間が過ごしやすいと言う事は、他の生物にとっても過ごしやすい環境と言う訳だ。
街道で野生動物と遭遇する機会が少ないのは、あくまで人間の臭いが染み付いているから近寄り難いだけであり、野生動物側が人間を極端に恐れているような理由ではない。
彼等にとっては、我々も『狩猟』の対象。
狩るか狩られるか、実に単純な関係と言える。

歩きながら黙考を続ける内に、街道で意思疎通をしているかのような二匹の狼に出くわした。
狼達はこちらを一瞥すると、また何事も無く向かい合い、小さな唸り声のようなものを発している。
「最近、かりゅーどが減ったなって、言ってますねぇ~」
背中にベリー・ベリーの声が掛かってくる。
『そ、そうかい』
この少女と居る以上は野生動物に襲われないと解っているとしても、こうして堂々と横を通り過ぎると言うのは怪奇な感覚。
しかし、この緑豊かな場を、獰猛な連中の爪や牙に備える必要が無いと言うのは、実に快適だ。
ベリー・ベリーと共に居れば獣の脅威にされされない……まるで御守をして貰っているかのような気分で、少々申し訳なくなる。
だが―――

何も獰猛なのは獣だけに限った話ではない。
『伏せて』
小さくも低い声音の呼び掛けで察したのか、即座に姿勢を低くさせるベリー・ベリー。
私の視線の先に見えるもの。
焚火の僅かな煙と、継ぎ接ぎだらけの布で張られたキャンプは、狩人達の塒(ねぐら)にしては、あまりに作りが粗末だ。
つまりは、賊だろう。
『高台になってるけど向こうは気が付いていないみたいだね。この段差を壁にして進もう』
私の説明を聞き、ベリー・ベリーは口元をまごつかせながら、頷く。
表情から察するに、私の言っている事を何となくだが理解した、と言う様子だろうか。
『私の後ろをついてきてくれるかな』
と、シンプルな言い回しに変えると、
「はぁい」
ベリー・ベリーは口元を緩め、微笑んだ。
段差となった部分に背を沿わせ、私とベリー・ベリーはゆっくりと進む。
衣擦れの音や、街道の石床を踏む音など雑多な物音がたつものの、雨滴に奏でられる木の葉や、地に染み入る音で、それは掻き消される。
雨天とは、視界が悪くなる、耳が雨音に奪われると言う面で不利益を被る事が多いが、こういう時ばかりは恩恵と言えよう。

『もう大丈夫だね』
大きく突き出た岩山の陰となり、賊の拠点から死角となる場所まで進むと、私は膝を起こす。
それに倣い、ベリー・ベリーも立ち上がった。
『それじゃあ、先に進もう』
「はぁい」
私とベリー・ベリーはまた、街道を進む。
――――――
雨は止む事無く、降り続けていた。
足を一歩踏み出すごとに靴底に染み込んだ雨が、みずみずしい果実を踏み潰したような不快な物音を立てる。
聳え立つ山脈の雪解け水を受け止める『イリナルタ湖』を横目にしながら進んでいると、
「あのぉ、おじさん」
私の背から、ベリー・ベリーの声。
「あそこにある、おっきな石って、なんです?」

ベリー・ベリーの視線の先を眺める。
清らかな湖面の先にある、小さな小島。
そこには、美しいこの湖の光景に相応しくない、目の粗い鋸(のこぎり)のような形をした仰々しい石柱が突き立てられていた。
『あれは、オブリビオンの門の跡だね』
「おぶびりおん??」
私の方とオブリビオンの跡を交互に見ながら、目を丸くし唇を窄め聞き返す。
ありがち、とも言えるような間違いに、思わず忍び笑いをした。

『オブリビオン、ね。今から二百年以上前に、怖い神様が気紛れで作ったんだよ』
単純明快な言い回しで、簡単な説明をする。
『オブリビオンの動乱』と呼ばれる、タムリエル全土を覆ったという脅威の残骸。
当時はあの石門がアーチ状の造りになっており、縦長の楕円形となった輪から異次元に繋がっており、そこから数々の魔物や異形が現れたと言う。
書物で読んだ程度の知識しかないが、当時の時代は正に暗黒の時代だったらしい。
オブリビオンの門の最もたる脅威は……いつでも、どこでも、唐突に現れると言う事らしい。
我々を昆虫のアリに例えたら―――巣穴の側にいきなりアリジゴクの巣が出来て、アリを無限に飲み込む。
しかもアリを喰らうアリジゴクは延々と捕食を続ける。
巣穴の周りに獲物が居なくなれば唐突に変態し、羽を生やして獲物を捜し求める。
正に地獄だ。
風化した石門を眺めると、途方も無く昔のようにも感じられるのだが、長命の種族であるアルトマーにとってはこの事件を経験した者が『生きている』のだから、驚きだ。
現に今私の脳裏に過ぎった例も、かつて出会ったハイエルフから聞いた話を、自分にとって解りやすい例に置換えただけである。
「にひゃくねん、ですかぁ。すっごい昔のことですねぇー」
そう。
我々にとって二百年とは、とてつもない年月なのだ。
痛みや苦しみを忘れ、風化させるには充分すぎる程に。
しかし長命のアルトマー……ハイエルフ達は、そうもいかないのだろう。
タロス率いる帝国軍に敗北したという経験をした者が、生きているのかも知れないのだから。
それを思えば、タロス信仰の禁止は正しく『恐れ』からくるものだろう。
恐怖せし対象に取る行動は、遜って顔色を窺うか、怯えながらも対象を排除するしかない。
アルトマーにとって、もう二度とタロスのような強き人間を生み出すわけにはいかないのだ。
その憎悪と恐怖の闇は、深い。
しかし、人間達もまたかつてのエルフの祖から受けていた辱めを語り伝え、心に植え付けてある。
血と涙に塗れたそれの根は、底無しに深く伸びているだろう。
……業というものは、どれだけ切っても切れぬ。
考えるだけで気疲れして滅入ってくる。

「あっ、旗がありますよぉ」
ベリー・ベリーの声で、我に返る。
思いに耽りながら歩を進めていた私は、いつの間にかホワイトランとファルクリースの境界にまで歩いて来ていた。
街道にはためく印が、しっとりと雨に濡れている。
街道の脇に流れる川が小さな滝の如く段差となり、そこを越えんとばかりに飛び跳ねる鮭。
屋根を求めて逃げ回る蜻蛉(とんぼ)と蝶。
雨に打たれて頭を揺らす山の花々が、心を和ませてくれる。
平和な光景を眺めていると―――木と石で組まれた簡単な門が見えてきた。
小規模ながらも、活気に満ちた美しい村。

―――リバーウッド。
「あっ、村が見えてきましたねぇ」
『あの村に着けば、ホワイトランまでもうすぐさ』
雨に濡れる私とベリー・ベリーの姿を確認したのか、門の上の見張り兵がこちらを凝視する。
だが佇まいからして旅人と解ったのか、視線を逸らし見回りへと向かって行った。
私とベリー・ベリーは門を潜り、リバーウッドへと踏み入れた。
リバーウッドはその名に相応しく、美しい緑と清らかな川に抱かれた風光明媚な地。
晴天の日のリバーウッドはこの上なく健やかで爽やかな村である。
その空気をベリー・ベリーにも感じて貰いたかったが、今は生憎の雨天で残念な事だった。
『結構長い間雨に打たれてしまったね。今日はこの村で一休みして、明日ホワイトランへ向かおうか』
後ろを歩くベリー・ベリーの方へと顔をやり、提案の言葉を投げた。
「そうですねぇ。空もだいぶ暗くなってきましたしぃ」
陽が傾いた空を一拍眺めてから、頷いて返す。
「やあ、旅人さん。随分とお疲れのようだ」
鍛冶屋のエプロンを掛けた男性が縁側で一休みしており、通り掛かった私に声を掛ける。
ベリー・ベリーも、「こんにちは」と、一礼していた。
『ええ、ファルクリースから徒歩で来ましたからね』
今日はここで宿を取ろうかと、と言葉を続けようとした矢先。
「そうか、それは疲れただろう。だが残念だが今日は宿屋に行くのはやめておけ」

先程の砕けた口調から、急に厳しい物言いへと変わる。
「今日はサルモールの連中が宿屋に泊まってる。下手に関わると厄介な事になるかも知れないぞ」
男性の言葉に、私は眉を曇らせた。
「悪い事は言わん。ここで宿を取らず、ホワイトランまで歩くと良い」
男性はそう告げると、作業場の方へと戻って行った。
その後姿を見送り、私は深い溜息を一つ。
男性の言うように、どうやらこのまま行脚を続けた方が懸命なようだった。
ある事ない事探られるのも愉快な事ではないし、どんな言い掛かりをつけられるか解ったものではない。
ホワイトランに着く頃には完全に夜になっているだろうが、少なくともベリー・ベリーが共に居る以上、野生動物は恐れる必要は無い。
リバーウッドとホワイトラン間の街道は帝国兵とホワイトランの兵士がこまめに見回りを行っているため、賊に襲われる事も滅多に無いだろう。
『……これは、一体?』

黙々と足を進め、村を通り過ぎ去ろうと門を越えた時、私達の視界に大きな建造物が飛び込んできた。
僅かに高くなった台の上に建てられた、空へ向かって伸びる縦長の造りの建物。
こんなものが、いつから存在していたのだろうか?
「わぁー」
呆けたかのような声と共に、見上げるベリー・ベリー。
私もそれに倣うかのように、首を擡げて見上げていた。

『教会、だね……。とても立派だ』
私は思わず階段に足を掛け、その建物の前にまで足を運んでいた。
そしてそれに従うのは、後ろの少女も同じ。
「すごいですねぇー」
入り口の扉の両脇にある篝に灯った炎を見るに、廃墟と言うわけでも無い。
むしろ綺麗に手入れされている印象すら見受けられる。
顎を伝う滴を指先で切って払い、
『この中で雨宿りさせて貰えるか、聞いてみようか』
と、持ち掛ける。
本音で言えば、雨宿りよりもこの教会の中を覗いてみたいという賎しい好奇心から思い付いた事だったが、それはどうやらベリー・ベリーも同じだったらしい。
瞳を輝かせ、無言で何度も頷いて返してきたのだから。
―――――
木と木が軋む音。
重い扉を押し開け、教会の中へと足を踏み入れた。

厳粛で、冷厳とした空気を感じさせるかのような明かりがシャンデリアに灯されている。
外観からは二階建て、ないしは三階建てと言った複数の階になるように作られていると思いきや、吹抜けとなっており、天井は果てなく高い。
青を基調としたステンドグラスが外からの光を吸い、雨天であるにも拘らず室内を明るく彩っていた。
「誰も入るなと言ったでしょうっ!!」
私とベリー・ベリーが室内を見回していると、突然の怒声。
声音からして女性、気の強さが窺えるような凛とした声だった。

「……いや、兵士達とは違うみたいだよ」
室内の奥、二人のエルフの姿を目で確認した。
私は遠くから頭を下げ、ゆっくりと教会の奥へと足を進める。
突然浴びせられた怒声にベリー・ベリーは戦々恐々であったが、私の背に隠れるようにして後に続く。
「……見苦しい所を見せてしまったみたいね。てっきり部下だと思ったものだから」

お互いの顔形がはっきり認識できるほどの距離になった時、黒いエルフの鎧に身を包んだ女性が頭を下げ、侘びの一言。
隣に立つ男性も頭を下げる。
見た所、二人ともまだ若い。
女性のほうは純粋なアルトマーらしく、太陽のような肌の色をしている。
隣の男性……いや青年は、白い肌をしており傍目ではノルドのようにも見えたが、その尖った耳からエルフである事が窺えた。
『いえ、こちらこそノックもせずに突然入ってしまって申し訳ありません。私達は旅の者で、雨宿りできる場所を求めて此処に入った次第です』
再度頭を下げると、後ろに居るベリー・ベリーもおずおずと頭を下げた。
「なるほどね。まあ確かに今、村の宿には……」
「姉さん」
溜息と共に零れる言葉を塞いだのは、青年の声。
静止の声にああ、と察し、女性は口を噤む。
「……とにかく、お二人さん。雨宿りだと言うなら構わないわ。ここでゆっくり休んでいくと良いわ」
「まあ、僕達の家と言う訳じゃあ無いのだけどね。旅人さん、どうかごゆっくりどうぞ」

二人のエルフは友好的な態度で私とベリー・ベリーを迎え入れてくれたようだ。
『ありがとうございます』
「ありがとうございますー」
私が礼を述べると、ベリー・ベリーも一拍遅れてそれに倣う。
―――――――
教会の中には暖を取る火が炊いてあったり、調理鍋やベッドも置かれていた。
食事を行うためのテーブルや、食器棚に並べられた無数のワイン。
外観や造詣こそ教会であったが、儀礼や祭事で取り扱われると言うよりも、生活空間として機能していたかのように思える。
火の前に佇んでいた私とベリー・ベリーであったが、雨に打たれて濡れそぼった服はそう簡単に乾きはしないのは理解していた。
ある程度乾けばそれでいいし、その内に雨が止めば尚良い。
その程度の考えであった。

「……雨は止みそうにないから、今夜はここで休んで行ったらどう?」
背中を向けたまま、アルトマーの女性が声を放つ。
「そうだね、寝床は沢山あるし」
隣の青年もその言葉に相槌を打った。
『良いのですか?』
「ええ。ここの教会の主はもう居ないみたいだし、別に問題は無いでしょう?」
肩越しから覗くアルトマーの女性の瞳は、優しい眼差し。
敵意も害意も一切無い、善意から出る言葉だというのが見て取れた。
『ありがとうございます』
私はその二人の申し出に、遠慮なく甘える事にした。
―――――――

「なんだか、お墓にいったり、教会にいったりで、いろいろありましたねぇ」
ベッドに横になったベリー・ベリーが私の方へと顔をやり、語りかける。
その瞼が何度も瞬く様子や、力の抜けた声音からして、だいぶ疲労が蓄積しているようだ。
道のりを思えば無理もない。
マルカルスから慣れぬ馬車に揺られ、ファルクリースからは雨の中、リバーウッドの村まで歩いてきたのだ。
距離にすれば相当なものであるのだから、疲れもする。
『そうだね。いわゆる……神の導き、っていうものかも知れないね。教会なだけに』
馬車に揺られながら、ファルダが使った言い回しを真似てみた。
口元に微笑を浮かべて返す少女を見て、洒落として掛けてみた言い回しの真意は伝わらなかったらしい。
無論、伝わるとも思っていないが、何となく言いたくなったのだ。
「おじさん。今日は、日記を書かないんですかぁ?」
眠たそうな眼で尋ねるベリー・ベリーに対し、
『そうだね。流石に私も疲れたから、今夜はもうじき寝るとするよ』
と、返した。
そう云わねば、この少女は意識半分に懸命に起きていようとする。
そんな気がした。
『もうゴールは見えているんだ。明日の出発はゆっくりにしよう。たっぷり休むといいよ。』
確証の無いゴールなのだが、
「はぁ~い……おやすみなさい……」
それを信じて瞼を閉じる、ベリー・ベリー。
灰色の瞳に瞼と言う幕が下りてから十秒もしない内に、小さな寝息を立てていた。
その姿を確認した私も、ベッドに身体を横にして、ゆっくり瞼を閉じた。
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↓↓ リバーウッドに立派な教会を追加 ↓↓
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