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現実味のない現実から逃亡。
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金色の風がぴたりと止む。
私達の目の前には骨だけを残したドラゴンの躯(むくろ)が転がっていた。

「うぅ……ああ……?」
私の後ろで座り込んで震える少女。
一体何が起こったのか理解していない様子のベリー・ベリー。
噂によると、ドラゴンの魂には強靭な生命力と潤沢な知識が含まれており、それを吸収する事によって「ドラゴンボーン」は力を得るらしい。
つまり、今……ベリー・ベリーの中でドラゴンの生命力と知識が流れ込み、内なるものとして糧となった。
その身に滾っているであろう力の奔流にうろたえているのだろうか?
頭の中で広がっているであろう膨大な知識を整えているのだろうか?
ただ少女は、震えるばかりだ。
「なあ……?」
「う、うん……」
「あれは、そうだよな?」
「間違いないわ……」
狼狽するのは、少女だけではない。
遠巻きに群がるホワイトランの民の囁き合うその内容は、聞くまでもない。

「あれは……ドラゴンボーンだ……!」
その単語を待っていた、と言わんばかりの大衆が賑わう。
「ドラゴンボーン……ドラゴンボーン!!」
妙齢の婦人の嬉々とした声と同時に、ベリー・ベリーの手を握って強引に立たせる。
そして―――まさに高揚の波に包まれようとせん民達を背にし、私は駆け足でホワイトランの門より外へと出でた。
―――――
私は少女の手を引いて、駆けた。
門が閉まる時、後ろから引き留めるような言葉が浴びせられたが知らぬ存ぜぬと足を進めた。
幸いにして門番の兵士も、先程のドラゴンの動乱で街の中に入ったらしく、出入り口で塞き止められる事はなかった。
緩やかな下りの道を逃げるようにして、一直線に目指したのは―――
厩舎前に待機する馬車。
ホワイトランに到着した時と違い、幌が付いていない。
先程のドラゴンの襲撃を見て、別の街に逃げて行ったのかも知れない、等と思った。

「やぁお二人さん。乗ってくかい?」
『イヴァルステッドまでお願いしたい。なるべく急ぎでね』
息を切らすベリー・ベリーを余所に、私は話を進める。
「イヴァルステッドか。だとすると、リフテンに向かうついでの途中下車って形になるけど良いかい?」
『何でもいい。とにかく乗せて欲しいんだ』
私の口ぶりから、急を要している事を察してくれたのか、
「解った。すぐに出すから乗ってくれ」
と、御者は乗車を促した。
――――――
「どうどう」
馬をあしらうかのような御者の声。
急かされ走る車輪が小石を弾き、振動が身体全体に伝わってくる。
街道にキャンプを構える難民達が乱暴に走る馬車に眉を顰めていたが、今は気にしない事にした。
後方に目をやるも、私達を追ってくるような者達は見えてこない。
ホワイトランの街では今頃、あの黒竜が降らせた岩石の撤去や怪我人の搬送などで忙殺されている事だろう。
まずは目の前に起こった大惨事を鎮めなければ、ドラゴンボーンが現れた、と囃し立てる口も無くなってしまう。
不謹慎ながら、あの黒竜の襲撃が幸いしたのかも知れない、と考えてしまった。

「ホワイト川沿いには、監視所があってね。そこにはハジバールっていう嫌な野郎が山賊を率いてるんだ」
ホワイト川の橋を渡る最中、御者が私達に語りかけてくる。
「何回あそこの連中に金をせびられた事か。首長も討伐しちまえばいいのに、今は人員を割く余裕が無いとか言ってて、野放しのままなんだよ」
車輪のけたたましい音に負けないように、大きな声を発する御者。
『もし現れたら、私が撃退しよう』
川を跨ぐ橋を抜け、街道に移った時に言葉を返す。
「はっはっは。そいつは頼もしいね。でも命あっての物種だよ」
御者の呵呵とした笑い声。
……それにしても。
ベリー・ベリーの様子が何だかおかしい。

先程の奇妙な体験をまだ引きずっているのだろうか。
いつもの活気に満ち満ちた、太陽のような明るさが失われている。
覇気の無い顔は、煩悶に憂う詩人の如き暗い表情だった。
『……大丈夫かい?』
私の掛けた声に、随分と間を置いてから、
「……はい」
と、弱弱しい返事で答える。
異変は明らかであったが、有無を言わせぬ雰囲気が拒絶の姿勢を物語っていた。
「まっ、大丈夫だよ。この辺りに拠点を構えてる連中には通行料は払ってるからね。だから安心していいよ」
街道を進む御者の言葉。
どうやらこの御者は話し好きのようだが、重い空気が漂う今、それがとてもありがたかった。

川沿いにある山賊の拠点を素通りし、山と谷と森に包まれた街道に入る。
ここからの道は上にも下にも勾配の強い坂道が続く。
濃厚な木々の息吹と清流の飛沫が綯い交ぜられ、鼻腔に纏わり付くかのようだ。
なお、この街道は自然に包まれているため、茂みに身を潜めた狼や熊に襲われる、と言うのがよくある事なのだが……。
「もし熊や狼を見つけたら教えてくれ。奴等が嫌う臭いの香水を投げつけるから、ひるんだその隙に一気に駆け抜けるよ」

ベリー・ベリーが居る以上は、その心配は無さそうだ。
『大丈夫だよ。この辺りに拠点を構えてる連中には通行料は払ってるから。だからその香水は不要さ』
「ははは、そりゃあ面白い! 是非その交渉術を教えて貰いたいもんだ!」
私の言った台詞に、御者は愉快極まりないと笑った。
『交渉術は秘密だけど、誓うよ。私達が乗っている限り、野生動物には絶対に襲われない』
勝気な声音を交ぜて言い放った私に興味を持ったのか、御者は顔だけで振り返った。
「この先の橋の側には熊の縄張りがあるんだけど……。あんたの言ってる事が本当なら、素通りできるって事だよな?」
『ああ。賭けてもいいよ』
「それじゃあ、もしも熊の縄張りを素通りできたらイヴァルステッドまでの乗車金をタダにしよう。でも熊除けの香水を使うはめになったとしたら、料金は倍払って貰う。どうだい?」
身を乗り出して持ち掛けてきたその話に、私は首を縦に振って答えた。
―――――

馬車は休む事無く街道を進む。
湿気を帯びた濃密な空気はもう既に失せており、心地よい爽やかな風がポプラの葉を舞わせる。
時折風に雑じる氷の結晶は、山に降り積もった雪が風に乗って降りてきたものだろう。
風花、と呼ばれる現象だ。
歪んだ凹凸の石畳から伝わる車輪の振動に揺られ続け、旅慣れていると自負する私も流石に疲労感を覚えてきた。
結局ベリー・ベリーとは、ホワイト川を跨ぐ橋を抜けた先で交わした会話以降、一言も口を聞いていない。
その表情から窺えるのは、疲労感と言うよりも脱力感だった。

「そら、見えてきたよ。あれがイヴァルステッドだ」
御者の声に反応し、私は前方へと視線を移す。
聳え立つ巨山の麓に座する村。
イヴァルステッド。

「参ったなぁ。まさか本当に獣除けを使わずに済むだなんて。こんなの初めてだよ」
御者は私に苦笑の顔を向ける。
馬車は熊の縄張りを堂々と横切って進んできたが、そこに住まう三頭の熊はこちらを一瞥するも、欠伸と共に私達を見送った。
以降の道中、狼の群れが街道の脇に居ようとも、ジャイアントスパイダーが茂みからこちらを見つめようとも、何事もなく。
実に平和な旅路となった。
時間は、陽が沈みかけ暗くなっていく途中の時刻。
「はいよ、イヴァルステッド到着さ」
私は長時間の振動に揺られて痺れる臀部に鞭打ち、立ち上がろうと脚を奮い立たせた。
しかし目的地に到着したにも関わらず、ベリー・ベリーは立ち上がろうとしない。
それは脚が痺れているだとかそういった理由ではなさそうだった。
「……ごめんなさい、おじさん……。ちょっと、座ってて、いいですか……?」

気だるい吐息と共に出た少女の言葉は、魂が抜けてしまったかのように弱々しい。
僅かに呼吸も荒い。
体調が悪いのだろうか、と言う考えにようやく至った私は愚かと言い表す他は無いだろう。
『わかった。ここで待ってるといい』
私の言葉に御者が反応して顔を覗かせるが、その口が開くより先に、
『すまない、少しの間、留まっててくれないかな?』
と、紡がれるであろう言葉を無理やりに遮った。
そして再びベリー・ベリーに向き直った。
『ちょっと待っててくれ』
私は宿屋の扉を抜けると、主の「いらっしゃい」という愛想にすら応えずに、一直線でカウンターを目指す。
「よく来たね、旅人さん。俺はウィルヘルム。この宿屋の主をやって……」
『突然で済まないのだが、つい最近この村にウィザードが訪ねて来なかったかな?』
宿屋の主、ウィルヘルムの自己紹介を遮り、質問を行う。

ずい、と身を乗り出して尋ねたせいか、ウィルヘルムは一瞬たじろぐ。
床の掃除をしていた手伝いの女性も、私に好奇の視線を送っていた。
「え? あ、あんたは一体何者なんだい? いきなり何なんだ?」
面食らった様子を見せながらも、こちらの素性をしっかりと聞き返してくる。
『そのウィザードは「アリア・セレール」と言う女性を訪ねて此処に来たはずなんだ。そして私はそのアリア・セレールを探している。だからそのウィザードを探している』
早口で捲くし立てた私の言葉を、噛み砕くかのようにしばし間を置くウィルヘルム。
しばらくしてから「あぁあぁ」と頷きながら答えてくれた。
「なるほど、あんたもアリアさんを探してるのかい」
私はカウンターに手を置き、更に身を乗り出す。
「そのウィザードは、シャさんのことかな。残念ながら彼女は今日の昼頃に七千階段の先、ハイフロスガーに行っちまったよ」
……ハイフロスガー。
イヴァルステッドの側に聳える、スカイリムで最も高い山。
そこに住まう求道者達の館をそう呼ん――
と、黙考を打ち切ったのは後方から聞こえた大きな物音だった。
見やると、ここまで馬車で運んでくれた御者の青ざめた顔。
「お、おい、お兄さん! 大変だよ、あんたと一緒に来てたお嬢ちゃんがぶっ倒れちまったよ!」
慌てふためく御者の言葉を聞き、私は放たれた矢のような速さで駆け出した。
御者の横をすり抜け、開けっ放しの扉を抜けてすぐさま馬車の荷台へと上がる。
『ベリー!』
そこには、身体を丸めて横になるベリー・ベリーの姿があった。

「おじ、さん………」
虫の羽音が如き小さな声。
さぞ苦しいであろう事が窺えた。
『どこか痛むのかい? どこが苦しいんだい?』
努めて冷静に、どういう状態なのかを尋ねる。
質問しながら額に手を当てると、かなりの熱があるようだ。
ベリー・ベリーは瞼を震わせ、唇を戦慄かせながら懸命に、私に言葉を返す。
「熱い……でも、寒い………痛い………」
朦朧とした意識の中、うわ言のように呟かれた状態からして、発熱から来る関節の痛みと悪寒。
重度の風邪症状、と思われた。
「ちょっと、お兄さん」
背後から聞こえた御者の声。

「お嬢ちゃんの状態、あんまりよろしくない感じかい?」
『……自然に治癒するとは思えない状態だよ』
馬車から少し離れた場所で会話を交わす。
暗然とした心境からか、思わず神妙な声音になってしまった。
私の言葉に「そうか……」と小さく呟いた後、
「この村には神官も居なけりゃ祠も無い、薬だって有りやしない……だから最寄の街に行くのが良いと思うんだが、どうだろう?」
と、私に移動を持ち掛けた。
「ここからウィンドヘルムだったら、今日中には辿り着ける。北上してもっと寒くなっちまうけど、今からリフテンに行くのも遠いし、ホワイトランに戻るとしたらあの勾配を夜に進むには危険すぎる」
悪寒を感じるほどの発熱している者を積雪せし北の街へ連れて行くだなんて……とは私も思ったが、今のベリー・ベリーの状態を考えると、ウィンドヘルムに向かうのが最善とも言える。
『……済まないけど、お願いしたい。料金は割増しするよ』
御者に頭を下げて、夜半の馬車を懇願した。
「よし。料金のことはいいからとにかく早く行こう」
『ありがとう』
――――――
……私達は終始無言だった。
石畳に鳴る車輪の音が妙に姦しく感じられ、滅入った心に刺さるかのようだ。

夜の暗闇に包まれ、馬車は街道を走る。
イヴァルステッドを発ち、北へと進む。
段々と空気が乾いていき、心地よかった風は次第に冷えて鼻の粘膜をちくちく刺激する。
ベリー・ベリーには防寒のための毛皮製の外套とフードを被せたが、相変わらず震えたままだ。

不毛の地の代表とされるこの地域で、雪が降っていないのは幸運と言える。
これで吹雪にでも見舞われたらどうしようかと懸念していたが、杞憂に終わったようで何よりだった。
緩やかな坂を幾つか越え、荘厳さすら滲み出る石橋を抜けた先。
無慈悲な冷気を退ける古都。
私達はスカイリム最古の都、ウィンドヘルムに到着したのだった。

御者に礼を述べ、料金を支払うと、私はベリー・ベリーを背に乗せ歩を進める。
夜空に散りばめられた星々の瞬きは、厳しい寒さを僅かに和らげてくれるかのように感じた。
しかし私の背中で震える少女の事を思い、何と浅慮で愚昧なのだろうと自身を叱責する。

海を跨いで街へと掛かる石橋を進む。
暗くてよく見えないが、橋の欄干には火焙りにされたであろう者の遺体が串刺しになって設置されている。
見せしめのための檻には帝国兵士の亡骸が詰め込まれていた。
プロバガンダの一環なのかも知れないが、なんとも惨たらしい。
内戦の表役者であるストームクロークの本拠地ともあらば、これも当然の光景なのだろう。

ウィンドヘルムの石橋の傍らにある馬屋から、正門までものの数十歩と言う距離。
いつもの行脚に比べたら、この程度の距離なんて造作もないのだが……。
背中から耳に届く少女の苦しそうな息遣いが、私の両足に鉛を埋め込んだかのように錯覚させた。
身も心も焦燥し切った私を止めたのは、門の番をするウィンドヘルムの衛兵二人。

「待て、よそ者。お前が冒険者か傭兵かは知らんが、背中の者はなんだ」
『この子は病人だ。一緒に旅をしている最中に体調を崩してしまったんだよ』
極力胸に抱いた苛立ちを隠す私だったが、衛兵は怪訝な態度で応えた。
「……そうやって病人を装って顔を隠しながら街に潜入する犯罪者が後を絶たないんだ。顔を見せろ」
奥歯を強く噛み、平静を装う。
もう一人の衛兵が私達の側まで寄ってくると、フードをめくってベリー・ベリーの顔を確認した。
「同族の少女か。手配書では見ない顔だな……よし、入っていいぞ」
確認を終えた衛兵はすぐさま私達から距離を取る。
私は衛兵に礼も挨拶も述べず、ウィンドヘルムの門を潜った。
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