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 芳香 (におい) 。
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 「ああ、懐かしい匂いが近づいて来ると思ったんだ。まさか友だったとは」
私の腕をぽんぽんと叩くその姿は、親愛の感情を身に纏った温かいものだった。
 「あの時のレッドガードか。生きてまた会えるとは嬉しいよ」
隊商を率いるカジート、マドランも座したまま私を好意的に迎えてくれた。
エルスウェーアの友
 「ああ、まったくだ。寒くてカジートのヒゲが震えて仕方がなかったが、友を見たら止まってしまったぞ!」
ムダールは軽快に弾んだ声で笑う。
私も思わず、口元が綻んだ。
 「それにしても、サーベルキャットみたいな勢いで走ってきたな。一体どうしたんだ、レッドガード?」
再会の喜びも束の間、マドランはすかさず私の様相についての質問。
 「そうだな。友よ、一体どうしたんだ?」
ムダールも続いて質問を被せた。
折り入って
 『ああ、実はね。今私はとある者と一緒に旅をしているんだが、病に臥してしまっているんだ』
ムダールの破顔が崩れる。
 『薬を求めてこの街に来たは良いが、戦争の影響で薬どころかその材料すらも無くて困っていたんだよ』
ふむふむ、と頷くのはマドラン。
 「なるほど、つまりはカジート達に薬を売って欲しくて急いで走ってきたという訳か」
流石と言うべきか、隊商を率いているだけあって話が早い。
商売に繋がるであろう予測なお陰か、円滑な流れだ。
 『察しが良くて助かるよ。私に薬を売って欲しい。熱さましに良く効くものが望ましいんだが』
マドランの方へ向き直り尋ねると、隣に立つムダールが、
 「ちょっと待て、友よ」
と、逸る私を制する。
麻袋を探索
ムダールはテントの中へと潜り込むや否や、麻袋の山をごそごそと漁り出したではないか。
呆気にとられ立ち尽くす私をマドランは一瞥し、後方を見やりながら呟く。
 「やれやれ。懐が寒くなることはあまりしたくないのだがなあ」
丸くなったムダールの背中を見つめ、大げさなため息をこぼした。
半ば呆れた表情をするマドランとは裏腹に、テントの中からが嬉々とした声が聞こえてくる。
 「あった。あったぞ。これだ、これがそうだ」

とっておき
ムダールは私に、鮮やかな赤色の瓶を見せる。
 「この薬は熱さましや、ずきずきとした頭の痛みに良く効く薬だ。盗賊ギルドの錬金術士特製のとびっきりな薬だぞ。効果は確かだ。これを飲ませるといい」
 『おお、ありがたい!』
私は懐に手を入れようとした所、またしてもムダールによって制された。
 「金は要らないさ、友よ。これはカジートからのちょっとした恩返しと思ってくれないか?」
 『ムダール……』
感動のあまり思わず胸が締め付けられ、そして温かくなる。
 「さあ、何も言わずに受け取ってくれ」
ずい、と前に差し出される薬の瓶。

私はムダールの言葉通り、何も言わずにそれを受け取った。


――――

カジートキャラバンから去ろうとした私を見送ってくれたのは、やはりムダールだった。
とても短い距離だったが、その間に彼は話してくれた。

街道で追い剥ぎに追いかけられた事や、この間初めてドラゴンを見た事や、盗賊ギルドの強面連中から賭けで勝って儲けた事。
スカイリムで、商人として楽しく生きている事を。

ウィンドヘルムへと続く石橋の上、その半ばで彼は足を止める。
 「これ以上進むと兵士にどやされるからな。残念ながらカジートの見送りは、ここまで」
 『すまない、ありがとう』
小さく呟いた礼の言葉に耳が反応し、弾むような眩しい笑顔で返してくれた。
温かき別離
 「元気でな、友よ! 次に会うときは、ゴールドをたんまりと貰うぞ!」
 『ありがとう、良い品を揃えて待っててくれるかな』
私達はお互いに手を掲げて振り、別れの挨拶をした。
いや、言葉こそ別離を表すものであったが、これはまたの再会の約束。
偶然によって育まれた絆が、極寒の地にて冷えた心身に温もりを与えてくれた。
なんという素晴らしい事だろう。

背を向け、病に臥しているベリー・ベリーの元へと駆け出した私であったが、ウィンドヘルムの正門を潜る際に一瞬振り返ると―――
ムダールは、まだ石橋の上で手を振ってくれていた。


―――――

薬を譲り受けた私は再びウィンドヘルムの宿屋、キャンドルハースに戻ってきた。
扉を抜けた先で迎えてくれたのは、カジートキャラバンが訪れていた事を教えてくれた傭兵らしき男性だった。

 「その顔を見るに、収穫はあったみたいだな」
再度宿へ
表情が思わず緩んでいたのかも知れない。
慌てて居直ると、その様子を見た男性は口元を綻ばせる。
 『ありがとう、あなたのお陰だ』
この人の助言によって、ベリー・ベリーの体調を回復できるかも知れない。
そう思うや、男性に対し自然と頭が垂れる。
 「礼なんざ要らん、同族のよしみだ」
同族、と言う単語に違和感を覚えた私は、失礼ながらもつい男性の顔を凝視してしまう。
 「こう見えて俺はレッドガードでな……このエルフみてえな耳は生まれつきだ」
眼を伏せながら、ぽつりと呟く。
要らぬ詮索をしてしまった、と己の愚昧を呪ったが、当の本人はさほど気にはしていない様子だったのは幸いと言うべきか。
男性はカウンターに寄ってジョッキに酒を注ぐと、階段の側にあるベンチへと腰掛ける。

功を成した
 「まっ、とにかく良かったじゃねえか。さっさとその薬とやらをお嬢ちゃんに飲ましてやれよ」
 『ありがとう。……!?』
簡単な礼と共に、私は部屋へ続く通路を進もうとしていた……が、瞬間硬直して男性の顔を見つめた。
何故、病に臥している相方が、少女である事を知っているのだと。
そしてそんな疑問をすぐに感じ取ったであろう男性は、呆れ顔を送りながら口を開く。
 「お前は焦ってて気付かなかったかも知れねえが……昨日、女将のエルダに部屋貸してくれって頼んでた時な。俺はカウンターで酒飲んでたんぜ? お前があの娘を背中にしょってる所を見てるんだよ」
それに、と更に付け加える。
 「お前が外に行ってる間、あの部屋に不埒な輩が来ないかどうか見張ってやってたんだぜ。まあ、誰も来やしなかったけどよ」
男性は大げさな動作で肩を竦めて見せる。
私は汗顔の至りにて、逃げ出したくなってきた。
 『何から何まで、本当に申し訳ない。ありがとう』

 「気にすんな。お前からは俺と同じ匂いを感じたから、ちょっとばっかし世話を焼きたくなっただけさ」

早く行け、とばかりに男性は顎で私の借りた部屋を指し、ベリー・ベリーの元へ向かうよう促す。
促されるままに私は足を進め、部屋の扉の前に着いて取っ手に手を掛けようとした時、男性も通路へと進んできた。

男の名は
 「俺はミック……。ミック・ブーンだ。しばらくはこの街にいるだろうからよ。まあ宜しくな、同族」
ミック、と名乗った男性に再度頭を下げ、私は部屋へと入っていった。


―――――――


 「おじさん………」

煢然

私の姿を見るや否や、ぽつりと呟かれたその言葉。
例えるならば、親犬とはぐれた子犬が、再会を喜ぶときに鳴くかのような。
物憂く切なくて堪らなかった、と……そんな声音だった。

 『何も言わずに居なくなって申し訳無い。薬を探してたんだよ』
薬を
私はムダールから譲り受けた薬を懐から出して示す。
しかし、少女が見せた瞳は歓喜でも期待でもなく、ただただ悲哀に満ち満ちたものであった。

 「もう……何も言わずに、居なくならないでください……置いて、いかないで……くだ、さい……」

小さな声ながらも、確かな口調で呟かれるその言葉。
最後のほうは、涙を必死に堪えているかのような、震えた声だった。

私は思わず、強く打たれたかのように身を弾かれる。
しかしそれ以上に打たれて弾けたのは、心であった。

―――この少女、ベリー・ベリーは。
自分の親代わり……いや、親を探して旅に出たのだ。
浮世離れしたこの少女が外界へと飛び立とうと感じたものは、一体なんなのか。
それは言うまでもなく、寂しさ、孤独感、といった 「置いていかれてしまった」 と表す感情だろう。

無論私はこの少女の義理の親について、人格や人柄、その者の纏う空気といったものを目の当たりにしているわけではない。
どうしようもない事情や、やんごとなき理由があったのかも知れない。
アリア・セレールも、今頃は涙で枕を濡らしているのかも知れない。
苦しい胸を押さえ、悲しみを堪え、罪悪感のようなものに苛まれているかも知れない。

だが、たとえどんな理由にしろ、事情にしろ、良かれと思ったかもしれないにしろ―――

ベリー・ベリーにとっては「置いていかれた」と言うもので、現実を受け止めた。
もっとネガティブに言い表せば「捨てられた」とも考えたかも知れないのだ。
ただこの少女は、それを口にしないだけ。

そしてその悲痛な思いを、私はさせてしまったのだ。
旅の仲間に「捨てられてしまった」のかもしれないと言う思いを。


 『………ごめんよ。私は、ひどい事をしちゃったね』
まるで子供に言って聞かせるような、そんな口ぶりになってしまった。
灰色の瞳は
 「おじさん………」
大の大人が縮こまる様を見て、さぞやこの少女も幻滅だろう。
元々期待や憧れを抱かれていた覚えはないので、幻滅と表現するよりは、見損なわれる、と言ったほうが正しい。
 『本当にごめん。もう二度とこんな事はしないよ』
己の不甲斐無さに、唇を噛む。
 「どうして……どうしておじさんは、そんなに、優しいんですか……?」
 『優しくなんてないよ。本当に優しかったなら、君の心を傷付けるようなことはしないし、そうならないように行動しているはずだからね』

思慮が足りない己を自責の言葉で戒めるが、なおもベリー・ベリーは続ける。

 「私、知ってます……おじさんが、いつも私を守ろうとしてくれてたの……。男の人に襲われないように気を張っててくれたりとか、街の入り口にある、ぐちゃぐちゃな死体を見させないようにしたりとか……すごく……気をつかってくれてたこと……」

なんという道化
少女の言葉に、私は呆然とすることしか出来なかった。
なんという道化なのだろうか。
 『……これは、まいったな……』
この少女は私が大人ぶり、冒険者の先輩風を吹かせて行っていた行動を全て知っていたのだ。
ただそれを言わなかっただけだった。

 「私、うれしかったんです……。外は怖いところだって、先生から聞いてたし……家を出てから、おじさんに会うまで……いきなり、刃物で襲いかかってくる人……。一緒に先生を探してあげるって言って、ひどい事しようとする人……。嘘をついて、私をさらおうとする人……。たくさん、見てきました………」

それは、訥々(とつとつ)と語られる。

 「でも、おじさんは………違います。とっても、良い匂いがしました………クマさんや、オオカミさんや、トラさんみたいに……いつも、私を助けてくれるコ達と、おなじ匂い……優しいものを、感じました」
訥々と
懸命に微笑むその少女の姿に、私は居た堪れなくなってくる。

 「……おじさん……だから、お話、聞かせてください………この前の、続き……」
私は無言で、ベリー・ベリーの言葉に耳を傾ける。
 『続き?』
聞き返すその言葉に、少女はうんと小さく頷く。

 「おじさんは、とってもかわいそうな思いをしてきました……普通だったら、そのまま……すごく乱暴な人になっちゃうはずなのに……。なのに、おじさんは、優しいです……。だから、きっと………おじさんが、優しくなれた、きっかけが、あったと思うんです………私は、それを……知りたいんです……」

そして一呼吸置いて―――


 「聞かせて下さい………おじさんの、右目をなくした……その後の、お話を……」



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