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  深淵に残る熱き泥。
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風が、青年の慟哭を運んだ。


消えるはずだった、晴らしたはずだった『痛み』が、そのまま声と言う音になった。



ざくざくと砂を掘るかのような音が遠くから聞こえてくる。
それは、二つ。
恐らくは人間の走る音。
 「首狩り!」
駆けつける
砂を切る音が石を蹴る音に変わる。
シアマーとアヴァが、血戦の場となった遺跡へと足を踏み入れたのだ。
 「アンネお嬢様!」
血みどろとなった場に臆するどころか、目にも入っていないかのように、アヴァは一直線でカジートの少女の許へと走っていった。
 「アヴァ!」
ひとまずの安堵
 「ああ、アンネお嬢様。ご無事で何よりです! お怪我はありませんか!?」
血相を変えての問いに、アンネと呼ばれたカジートの少女は、
 「え、ええ。何ともないわ……アヴァこそ、よく無事で」
気おされながらも、己の安全を伝える。
互いの身の安全を確認できた二人は、はぁ、と安堵の吐息が口から零れた。

そんな最中――――

青年は、血の海の中で膝をついていた。
決して怪我を負ってからのものでは無い。
それはシアマーにも解っていた。
炎の音
遺跡に備えられたかがり火がパチパチと火花を散らす。
 『…………』
うな垂れる青年に、シアマーは声が掛けられなかった。

しばらくして――

 『笑ってやがった』
か細きは
ぽつりと、青年が呟いた。
 『ヤツは、俺に殺される瞬間……笑ってやがった』
小さな、そして気弱さを交えた声だった。
 『俺は……一体、何だったんだ……ヤツに復讐するために、必死に生き抜いて……死に物狂いで強くなって……ようやく、ようやく……ヤツの喉に、刃を突きつけたのに……』
 「首狩り……」
去来
 『俺は……『首狩り』は……ヤツによって作られた……ヤツがもっとも憎む『世界』と言うものから、ヤツを解放させるために生み出された……』
か細い声で、訥々と語られるその言葉には、虚しさが込められていた。
 「……そうだ。復讐とは、そういったものだ。己の置かれた立場と言うものは虚しく非情、そして終われば遣る瀬無い」
感情の篭もらぬ淡々とした声でシアマーは返した。
 『そうか……お前は、知っていた……いや、経験した、んだよな』
 「ああ……だからこそ、私はお前の旅路に同行したのだ」
 『何でだ?』
 「……この辛さを分かち合うためだ」
ああ、と呟いて嘆くのは、青年。
天を仰ぐ。
去来する虚しさに身を委ね、心を空(から)にしてきらめく星を眺めた。

訳も無く涙が滲んできそうだった。


 「あの、助けてくだすってありがとうございました」
無常に馳せる二人に声を掛けたのは、鈴を一回転がしたかのような、そんな軽やかで可愛らしい声だった。
振り返るとアンネと呼ばれたカジートの少女は解放されており、その一歩後ろに敬服するかのようにアヴァが膝をついている。
 「あなた方が助けて下さらねば、私はきっと酷い目に合っていた事でしょう。どれだけ感謝してもし切れません」
 『……あ、ああ……』
向き直った青年は目元を擦り、
 『感謝される覚えは無えよ……』
と半ば投げやりに答える。
命の恩人
アンネは「まぁ」と感嘆の声を一つあげ、
 「悪漢から私を救って下さっただけではなく、それを笠に着る事もなく……なんと謙虚な御方なんでしょう」
更なる謝辞を並べた。
 「何とお礼を申し上げるべきか……」
麗句を止めようとしないアンネを、シアマーが手で制する。
 「感謝の言葉はもう良いだろう。それよりも一旦此処を離れよう。血の匂いを嗅ぎ付けた虎だけではなく、夜半ともなれば蟲が集わないとも限らん」
 「さ、左様で。アンネお嬢様、興奮冷めやらぬのも理解出来ますが、とにかく場所を変えましょう」
アヴァが意見に同意したところでアンネも「そうですね」頷くと、シアマーは、
 「では行こう」
と、皆を促した。
 『……ああ』
力無く答える青年。
血の海に転がる己の黒い刃を拾おうと身を屈めるが……
刃を拾わずに
一旦は握った柄を、離す。
そして青年は、
 『俺が先導しよう』
収拾
と、その手に照明を持ち、一行の先頭を歩き始めた。


―――――


公用の場
夜も更け、空には満点の星空が広がっている。
一行は砂漠の道標であるカンテラの置かれた廟に足を踏み入れていた。

 「夜の砂漠の行脚は厳しいものだ。今夜は此処で休もう」
シアマーの提案に反対する者は居なかった。
 「では私が見張りを致します」
アヴァが率先して見張り番を買って出る。
再出発まで
 『……俺も付き合うぜ』
その呟きは小さな声であったが、
 「ありがとうございます。恐縮ですわ」
アンネはしっかりと聴きとめ、青年に頭を下げた。

――――

いつもは野を駆ける悲鳴のような風も、今夜は聞こえない。
眠る女性陣
見張りを勤める青年とアヴァの耳に届くのは、カンテラの炎が揺らめき燃ゆるジリジリと言う音と、シアマーとアンネの小さな寝息。
静寂が、二人を包む。

 「……首狩り殿。本当にありがとうございます」
口を開いたのは、アヴァだった。
 「お嬢様にもしもの事があったならば、私はどうにかなってしまう所でした」
囁き合うように小さな声での謝辞と共に、笑顔を向ける。
 『……礼には、及ばねぇよ……』
語る男性陣
青年は怠惰に満ちたかのような態度で返答。
心此処にあらず、と言った様子の青年。
 「……首狩り殿、如何されたのですか。どうにも気分が優れないように見えますが」
 『………』

青年は、ぽつりぽつりと己の胸の内をこぼし始めた。

らしくない、と自覚がありながらも心情を吐露するのを止められなかった。
情けないと己を戒めながらも、同情が欲しいと素直に思ってしまっていた。
人間らしいと言えばそうなのだろう。
しかし青年にとってそう言った『心の痛み』を吐き出す事は初めての事。
ましてや、年来の友人でもなく長年連れ添った恋人な訳でもなく、昨日今日に出会った身分も出生も何もかも違う相手に対して。


 「……なるほど」
青年の口から漏れた『痛み』を、アヴァはしっかりと噛み締めて飲み込んだように返した。
 『俺の復讐は終わった……終わったんだ。終わったから、始まりがあるはずだった。『俺』と言う存在がようやく始まるはずだったんだ……』
なのに、と語尾に付け加え青年は立ち上がる。
物思う
 『消えねえんだよ……失った右目に宿った、痛みが……』
廟の外の壁に身を預けたまま、青年は語る。
 『まるで膿んじまったかのように痛む……熱く、鋭く、そして重く……』
震えた声での呟きは、夜風が吹いていたら聞こえないくらい小さなものだった。

 「……復讐は、心の成長を促してくれはしませんからね」
不貞腐れた子供の様に呟いた青年に対し、アヴァは毅然たる物言いで答えた。
 「復讐とは、心の深遠で茹だる溶岩のようなもの。その粘りは全てを焦がし、熱は全てを焼き、そして全てを覆う……」
 『……お前は、知っているのか?』
青年の問いに、アヴァは頷き返す。
 「……僕は生来、左右の瞳の色が違います」
二人の間に、つむじ風が一陣過ぎる。
虹彩
 「ただそれだけで皆から疎まれ、親からも恐れられ、故郷から追いやられました。右も左も解らない子供の僕を容赦なく」
風に舞ったアヴァの髪の毛の下から覗く左眼は、右眼とは異なる色彩を持っていた。
 「靴は擦り切れ、服はボロボロになりながら、響く狼の遠吠えに怯え、漂う熊の匂いに震え、必死に走りました」
淡々とした口調で、アヴァは語り続ける。
 「日に日に募る辛さ、寂しさや悲しさ。そしてそれ以上の恨みや憎しみ……胸の中に、殺意や復讐と言ったどす黒い感情が渦巻きました」
奇妙な熱の篭もった、アヴァの声。
 「僕は走り続けました。生きて、生きて、生き抜いて……いつか『力』を得て故郷を血に染めてやると誓って……」
僅かに、その声音に黒きものが宿っているのを感じられる。
 「街道の隊商の荷馬車に紛れ、港町の貨物船の荷物に紛れ……さ迷い続けた果てに辿り着いたのは、カジートの国でした」
青年はその言葉に耳を傾ける。
 「僕はそこでお嬢様に拾われ、今に至ります」
 『……そう、か』
 「お嬢様やその関係者の皆様は、僕の瞳の色など気にせずに接してくれました。そして衣食住を提供して下さいました」
アヴァの語りは、まだ続く。
 「安らぎと言うものに満ちる事の出来た僕は幸せなんだと思います。しかし、この心に巣食った黒いものは、消えません……僕の心の奥底深くに根付き、未だに膿み続けています。恐らく、首狩り殿と同様に……晴らしても消えない『痛み』にまで成長してしまっているのでしょう」

一拍の間、その後に紡がれた言葉は―――

 「だからこそ……首狩り殿、言わせて下さい。恨みは、忘れるしかありません。死者が心に残していくものは、更なる『痛み』だけなんですよ……」

とても悲しい響きに、満ちていた。


―――――――――

人は誰しも、痛みを抱えている。

誰しも、悲しみを抱えている。

それでも尚、生きる事を辞められない。

――――――――


翌朝。
アヴァとアンネを街まで送って終わりにしようと思っていたシアマーであったが、青年から『二人を国境まで送り届けてやろう』と言う提案を持ち掛けられたのだった。

シアマーとしては突然の相棒の心変わりに若干戸惑いはしたが、喜ぶ二人の姿を見て断る訳にもいかない、と飲んでくれた。

ハンマーフェルを抜けんがために
一行は砂漠を進み、そして乾いた谷を抜ける。
山間を進む内に標高が上がってゆき、頬を撫でる風はやがて冷たいものへと変わっていった。

雪の積もった道無き道を進み、山間に建てられた遺跡を抜け、砂漠の国から冷厳の国へと移り進む。
寒冷地は苦手な青年であったが、お嬢様であるアンネが寒さに耐えている姿を見、弱音は吐かずにおいた。
高山地の関所

―――石畳の敷かれた街道へと出た。
辺りには針葉樹が茂り、冷たいながらも爽やかな風と優しい陽光が降り注ぐ。

もうじきに
 『もうじきスカイリムとの国境だ』
地図を確認しながらの青年の言葉に、安堵からか笑顔を浮かべるアンネ。
 「賊に襲われずに済んだのは奇跡的だな」
シアマーの言葉に青年も無言で頷く。

国境が見え
 「きっと月のご加護が私達を導いてくださっているのでしょう」
アンネの言葉に頷くのは、アヴァ。
陽気に包まれながら、緩やかな上りとなった街道を進んでいくと、国境の目印である門が見えてきた。
そしてその門に差しかかる手前―――

 「お嬢様!」
針葉樹の陰より、黒い影が一つ舞い出る。
黒き影
声を発したその者は、今の今まで気配すら感じられなかった。
 「イクシーラ!? どうしてあなたが!?」
後方に続いていたアンネとアヴァが、その黒い影の前へと走り寄る。

 「アンネお嬢様、それにアヴァも。無事だったのですね」
再会を喜び
イクシーラ、と呼ばれた黒い艶やかな毛並みのカジートは、どうやらアンネとの関係者……恐らくは従者か何かだろう。
 「報せの手紙が途絶えたので、ただ事では無いと感じ、かの地に向かおうとしていた所でした。よもやこの様な所で会えるとは……」
 「申し訳ありません、イクシーラ殿。全ては私の不手際でございます」
アヴァが跪き、イクシーラに首を垂れる。
 「イクシーラ、彼は悪くないわ。全ては私の我侭のせいで……」
すかさずアンネのフォローが入ると、イクシーラは微笑みながら、
 「無事であるならそれだけで充分です」
と、これ以上話の展開を止めた。
 「お心遣い、痛み入ります。全てはこちらの方々のお陰です」
地に膝をついたアヴァが振り返って、青年とシアマーを見やる。
イクシーラ
 「なるほど……どこぞの方々かは存じませんが、感謝致します」
 「こちらのお二方は、ハンマーフェルでは名の知れ……」
アヴァの言葉を青年が手で制す。
 「……アヴァ」
イクシーラもそれに則る。
二人の佇まいや顔つきを見て只者では無いと理解し、そして名を聞く事によって思わぬ怨恨が掘り起こされるかも知れない。
それを憂慮しての事だった。
 「では私達はここでお役御免と言う訳だな」
シアマーが淡白な物言いで呟く。
すると、アンネが一歩前に踏み出し、
 「あらためまして、ありがとうございました」
と、二人に感謝の言葉を並べた。
 「感謝の印と言うには無礼かも知れません。けれど今の私にはこれくらいの事でしか示せません」
アンネローゼからの謝礼
アンネが己の首の後ろに手をやると、黄金色に輝いた首飾りを外す。
 「どうか受け取って下さい」
そしてそれを青年に差し出した。
 『………』
竜の装飾が施された、一目で高価と解る煌びやかなもの。
青年はただそれをじっと、無機質な瞳で見つめていた。
フォロー
 「受け取ってやれ」
シアマーが小さな声で呟くと、それに従い、手を差し出して首飾りを受け取る。
青年は相変わらず無表情のままだったが、アンネとアヴァは微笑んでいた。

 「ありがとうございました、お二人とも!」
砂漠の姫達との別れ
 「さようなら、あなた方にも月の加護がありますように!」

別離の時。
アンネとアヴァが、手を振って挨拶する。

 「ああ、元気でな」
応え
シアマーが手を上げてそれに応える。
そして青年もまた、それに応えて手を振っていた。


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