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 さらばムダール、友との別れ。
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鼻腔の奥に感じる熱の不快感によって、私の意識は覚醒した。
目を開こうにも瞼が鈍重であり、眼窩が痛む。
頬に当たるテーブルの冷たい感触が全身に伝わり、身体中の血の気が引いているような悪寒と同時に生じる奇妙な帯熱感と浮遊感。
紛れもなく前夜の酒のせいだろう。

瞼を震わせ何とか目を開くと、宿の壁の隙間から細くて眩しい光が差し込んでいる。
伏せっていた頭を起こし、大きく深呼吸を一つした。
いつの間に眠っていたのだろう、記憶が無い。
鉛を吸ったかのように重い胃がいくらか痛むが、昨夜よりはましになった。
不愉快なまでに高鳴っていた心臓の鼓動も、大分落ち着いている。

自分の状況を確認し、もう一度深呼吸をする。
ベッドのほうを見やると、そこにムダールの姿はなく、荷物も無かった。


ファイダに水を一杯貰い、ムダールは何処へ行ったのか尋ねる。

 「ああ、お友達のカジートなら製材所に居るみたいよ。火を扱ってて、どやされてたわ」

私は水の礼を述べ、宿を後にした。

 ――――

外は未だうっすらと夜の香りを残し、太陽はこれから本格的に昇るといった頃合。
思ったよりも眠りは浅かったようだ。
村の住人達はもう動き始めており、薪を割る者や家畜に餌を与える者と様々。
私は製材所のある場所へと向かうべく、緩やかな下り坂になった道を降りてゆく。

すると、すぐにムダールの姿は見えてきた。
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火を起こし、クッカーセットに掛けられた調理鍋をかき混ぜ、何かを作っているようだった。
脇を通る村人は口々に「まったくカジートってヤツは……」と、腫れ物扱いの如き言葉を私の耳に届かせる。

 「おお、起きたか友よ。ちょうど良かった」

私の存在を感じ取ったムダールが顔をこちらに向け、声を掛ける。
 「いまシチューが完成したところだ。酒で疲れた腹に効くぞ」
シチューから昇る湯気が風で運ばれ、私の胃袋は空腹による刺激でグッと締まる。
私は村人に頼み、椅子と机を借りてきた。
 「さあ、食べようか」
ムダールはシチューを器によそり、皿へと移した。

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 『ああ、美味い。生き返るようだよ』
表面が程よく歯応えを残すが、中がとろけるように柔らかい牛肉。
酸味と塩気、優しい野菜の甘みの汁が調和し、胃の中を包むかのように広がってゆく。
手が止まらず、私は夢中になってシチューを口に運んだ。
 「本当は本場エルスウェーア仕込みのシチューにしたかったが、それは好みが分かれるからな。ありきたりなシチューだが気に入ってもらえて嬉しいよ」

恐らくはムーンシュガーを使った甘い料理のことを指すのだろう。
ムーンシュガーは茎の太い稲から作られる、少々独特の香りをもった甘味料。
その甘美な味わいを全ての動物を虜にし、誰もが認める価値のあるものなのだが、これを原料の一つとした麻薬が存在する事により、ムーンシュガーの名は不名誉を被っている。
故に、ムーンシュガー自体を毛嫌いする者も多いのだ。

薬に対する耐性の強いカジートにとっては、その麻薬もちょっと刺激がある菓子程度という認識。
それ自体がそんなに悪いもの、という感覚がないのだ。
これに関しては賛否両論で多様な見解と意見が挙がるが、強制さえしなければ問題はないと個人的には思う。
それに、戦場で大怪我をした兵士達の痛みを紛らわすには、その麻薬とやらが大きく貢献するのだから。

 ――――


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ムダール特製シチューを平らげ、私達は『ドラゴン・ブリッジ』を発った。
豊かな緑に、小鳥の囀りが私達を歓迎しているかのようだ。
この街道を進んで行けば、ソリチュードはもう目と鼻の先。
 『ここまで来ればもうすぐだよ』
ああ、と肯くムダールの瞳は輝いている。
 「楽しみで仕方ない、だが焦ってもいない。友よ、ゆっくり行こう」
ゴールはもう見えているのだ、と付け足し。

どうやらムダールは昨日の一件から、私に対して気を遣ってくれているようだった。
今日の朝、私に声をかけずに寝かせておいて、朝食を用意してくれたのもそうだろう。

濃厚な酒の臭いに身を包んだ男が、椅子の上で泥のように眠っていたのであっては、「おかしい」と思うのは当然の事。
それは刹那的な人生を信条にするカジートでも、感じ取れるほどの違和感だったのかも知れない。
私の心は友人の気遣いに嬉しい反面、汗顔の至りで恥じ入るばかりだった。

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ここからのソリチュードへの道は、実に平和だった。
暖かくて心地よい陽射しに、風に揺れる枝の優しい音色。

空を飛ぶ鷹に思いを馳せ、時折草むらから顔を覗かせる山羊に心を躍らせ――
道行く旅の吟遊詩人と共に、歌い――

そして他愛のない会話を交えながら、それは見えてきた。
 「あっ! あれはもしかして!?」
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ムダールが指差す先にはあるのは、石造りの見張り台。
 『……ああ。ようやく到着だね』

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私達はここスカイリムの首都、『ソリチュード』へと辿り付いた。

街へと続く緩やかな斜面を登って行き――
そして、見つけた。

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カジートキャラバンだ。
 「おお、同族か」
キャラバンの中心人物らしきカジートがこちらに気付いたようだった。
 「友よ、いってくる」
そう言い、私の返事も待たずにムダールはキャラバンのキャンプへと足を踏み入れた。

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ムダールはキャラバンのリーダーに自分も連れて行ってくれるように頼み込んでいるようだ。

断片的な言葉しか聞こえてこないが、スカイリムに居るカジートキャラバンは三組に分かれて、各街を担当にして行動しているらしい。
どうやらホワイトランに居たキャラバンと、今ここに居るキャラバンは違うようだ。
では何故ソリチュードに向かったのか?
それは、ホワイトランを担当するキャラバンが、このカジート達のリーダーであり、今後の活動方針や商品の売れ行きについて情報交換、共有するためらしかった。

ホワイトランのキャラバンとソリチュードのキャラバンが違う事を聞かされたムダールは傍目から見て解る程に消沈していた。
だが、それも束の間。
すぐにムダールは破顔し、キャラバンのリーダーと握手を交わす。

そして、私の前へと戻ってきた。

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 「友よ、色々食い違いはあったが、マドランは了承してくれた。カジートは商人達に同行して良いことになったぞ」
『マドラン』とは恐らく先ほど話をしていたキャラバンのリーダーの名前だろう。
ムダールの旅の苦労が、実った瞬間であった。
 『それはよかったよ、祝福しよう、ムダール。おめでとう』
私が祝いの言葉を放つと共に、ムダールは私の身体に腕を回し熱い抱擁をする。

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 「ありがとう、友よ。カジートはスカイリムに来て、こんなに親切にしてもらったことはなかった。お前が居なければ、ここまでこれなかったかもしれない。本当にありがとう」

私の身体から腕を放したムダールは、喜びと寂しさを混ぜ合わせたかのような微笑を浮かべる。

 「つまり、カジートはここでお別れだ。寂しいが、しかたない。最初から解っていたことだからな」

そうだね、と私も言葉を返す。
 『これから先の道、君達に幸運があることを祈っている。身体には気をつけて』
キャラバン達からの好意的な視線が私に集中する。
カジートに対して冷たいのが当然のスカイリムにとって、私のような存在は稀有なのかも知れない。
四人のカジート達は、柔らかく微笑んでいた。

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短い間の付き合いだったとは言え、ムダールとの別れは後ろ髪を引かれる思いであった。
だが、彼には商人としての夢がある。
それは私の生き方とは違うものであり、交わる事はあっても一本にはならないもの。
「このまま一緒に旅をしよう」等と言わないように、とする思いはお互いの無言の約束事なのだ。


 「楽しい旅を、ありがとう! 月がお前を祝福してくれますように!」


そして私は、ムダールと別れた。




 ―――その手は決して他人を傷付ける事のない、心優しきカジート。

  ムダール。

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長いようで短い旅であったが、彼との出会いは私にとって大いなる幸運と言えるだろう。
砂漠の民の心が、こんなにも潤っているものだと教えてくれたのだから。


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