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 風雲急を告げる。
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 「そういやぁ、こんな話を聞いたんだが」
彼は私に含みを持たせたような声音で語り掛けてきた。
静かな声で
  ♪―― 戦士の心臓を英雄は求む ――♪

お互いの距離が近いわけではないが、歌い手の演奏と声が響く中でも、彼……ミックの声はしっかりと耳に届いた。
 「どうにも、ドラゴンボーンが再来したんだってな」
私は押し黙ったまま、ミックの顔をじっと見つめる。
 「俺も詳しくはないが、ドラゴンボーンってのはノルドの伝説にある英雄の事だ。時代の代わり目に現われ、アカトシュの加護を受けた特別な存在らしいぞ」
と、言葉を続けた。
そして更に……
 「……これは噂なんだが」

  ♪―― 来たる来たるはドラゴンボーン ――♪

鼻歌まじり
神妙な面持ちを浮かべて後方を一瞥すると、また私に向き直る。
 「灰色の長い髪の少女が、そうだった……なんてのを聞いたぜ?」

  ♪―― ノルドに伝わる、声秘術とともに ――♪

若干の探りを混ぜた様子で、私に語り掛けた。
しかしその瞳には、ありがちな下衆な鈍光は宿っておらず、ましてや射幸心などは露も無い。
純粋な興味から来るものなのかも知れないと思ったが、彼の様子から見るに『お節介』とも言えるものが働いての、この言葉なのだろう。
……私も彼に倣うかのように、後方を一瞥する。

 「ふんふふ~ん、ふんふふ~ん」

  ♪―― 信じよ来たるを、ドラゴンボーン ――♪

暖炉の側で飲み物を口にしながら、陽気に気楽に鼻歌をさえずる、ベリー・ベリー。
ウィンドヘルムに留まり、もう三日。
体調もすっかり回復した少女は、またいつものあどけない子供のような調子で過ごしている。

  ♪―― 邪なるものは滅び去る時 ――♪

釘
彼に向き直ると、私はとても小さくだが、それでも確かに頷く。
それを見たミックは一瞬だけ目を見開いた後、また普段の厳つい表情に戻って口を僅かに開け、
 「嘘だろ?」
と、不安を露にしながら呟いた。

  ♪―― 見届けよ来たるを、ドラゴンボーン ――♪

演奏と歌声にかき消されたその呟きに対し、私は閉眼し……口を真一文字に固く結んだ。
 「俺としちゃあ、冗談で聞いてみただけだったんだがなぁ。いや、むしろ冗談であって欲しいぜ」
お互いに溜息を一つ零し、そして酒を煽る。
渋い顔をしながらゆっくりと首を横に振る私を見、ミックはまた溜息を一つ。

  ♪―― 闇は去り新たな、伝説が生まれる ――♪

 「……すぐに街を去りな。近いうちに、割れるぜ」

  ♪―― 知れよ来たるを、ドラゴンボーン ――♪

パチパチパチ、と背中から聞こえてくる小さな拍手の音。
伝説の詩歌を歌い終えた歌い手を称えたのは、ベリー・ベリーだった。

 ――――――

――翌日。

私とベリー・ベリーは朝早くに宿屋を発った。
再出発
女将であるフルダは厄介者が居なくなってせいせいした、とでも言うかのような態度であったが、そんな事は些事である。

後方より聞こえる、ストームクロークの兵士を募る声。
市場の方から聞こえる怒号は……恐らく盗人でも現われたのだろう。
冷たい石の炉端に座って俯く老人は、この世の全てを嘆いているかのような瞳をしていた。

私達はそれらに目をくれる事も無く、聳えるウィンドヘルムの門を潜った。


門を抜け

寒冷地方特有の乾燥した空気が、冷たい風と相まって肌を刺激する。
太陽を覆い隠す雲もない空から注がれる光が、雪に照らし返されて眩しい。
 「眩しいですねぇ~」
遠景を滲ませるほどの白光に思わず手で目元を覆う私とは裏腹に、ベリー・ベリーはその白光に負けないほどの眩い笑顔だ。
街を囲む高い高い塀から出でた、と言う解放感にも似たものを感じていたのかも知れない。
その笑顔に絆されてか、煩わしいと感じた白光も出発には相応しい恵みの陽射しか、などと感じられた。

 『さて、と……』

自らの記憶の糸を手繰り寄せ、アリア・セレールを尋ねる旅の続きへと心を持ち替える。
石橋を進みながら、自らの懐をまさぐり地図を取り出し、広げる。
 『キミの先生についての手がかりが得られると思っていたウィザードは、あの時留守だったからね』
ここウィンドヘルムから、目的の場所への経路を脳内で組み立てながら、隣の少女へと呟く。
 『来た道を引き返す事になるけど、またイヴァルステッドへ向かおう』
 「はぁい」
陽気で軽快な声音を耳にし、胸中で安堵の吐息を一つ。
お互いの体調は、万全。
アリアを尋ねて幾百里の行脚を阻むものは何もない。
私は爽やかな心緒を持って、その脚を進める。

 「ほう、イヴァルステッドに行くのか」
呼び止めし者
ここ数日でよく耳にした、低く深みのある声。
振り返るとそこには、ミック・ブーンが立っていた。
 『ええ』
思わずこぼれた微笑と共に、簡素な言葉で答える。
 「俺はホワイトランへと向かおうと思ってな。……なに、この街の仕事じゃあ稼ぎがイマイチになってきてよ」
唇の端を僅かに上げて不敵に笑う、ミック。
同じ道のりならば
 「無理にとは言わねえが、途中まで一緒に付いていっても良いか? 俺も一人じゃ心細くてな」
そう言った彼、ミック・ブーンは私の顔を一瞥した後、優しい眼差しでベリー・ベリーも一瞥した。

彼の佇まい、使い込まれた武器に、鎧。
その身に纏った空気から脈々と伝わってくる剛(ごう)の風情。
この街、ウィンドヘルムを離れてホワイトランへ向かうと言う事に偽りはないだろう。
だが、一人では心細い……と言う部分に関しては私やベリー・ベリーを慮っての言葉。

同族のよしみ、という心情の領を越えた彼の気遣いに敬服しながらも、私はそれに頷く。
ベリー・ベリーもそれを見て倣い、頭を下げた。

 ―――

ミック・ブーンを加え、私達は石橋を進む。
見張り台にもなろう門を一つ、二つと潜った先の左手に厩舎が見えてくる。
日常と言いたくないもの
そして、石で造られた欄干の上に転がる見るも無残な焼死体と、小さな檻に閉じ込められたまま息絶えし帝国の兵士も同時に迎えてくれる。
北方地における独自の乾燥、寒冷した気候が天然自然の冷蔵庫となり、野に晒される死体の腐乱と崩壊を防ぐのだ。
この先で農場を営む者や、厩舎にて働いているであろう者が、これらを一瞥することなく通り過ぎてゆくのを見ると、私の心は若干ささくれる。

戦乱が、日常を破壊する。
日々の環境を、血生臭くさせる。
そして大衆は何事もないままその日常の環境に馴染んでゆき、何をするわけでもなく気付かぬ内に心が荒むのだ。
そう、戦乱が終わっても。
戦争の最も恐るべき懸念は、戦乱を終えた後も嗜虐の炎に心を焼かせたままの者達が残ると言うことなのだ。

私は憂惧に目を細めながらも自分の僅か後方に歩くベリー・ベリーを一瞥し、その表情に恐怖や悲哀の念が宿っていない事に胸を撫で下ろし、歩を進めた。



 「そこをなんとか、ね? お願いだからさ~」
 「聞かないお嬢ちゃんだなぁ、無理なものは無理なんだってば」

石橋を丁度渡り終える、と言った頃合。
それは耳に入ってきた。
目を引く
ウィンドヘルム入り口の厩舎の脇、馬車の待機所にて一際目を引く、青。
届いてきた二つの音の主は間違いなくあの場の者達だろう。

 「なんだか言い合いしてるみてえだな」
白に青が映える
ミックが値踏みするかのような視線で見つめた後、こちらに振り返る。
後方を見やると、ベリー・ベリーは首を傾げて返してきた。

 「そこを何とか、ね? お金ならたっくさんあるんだし」
交渉??
 「駄目だ駄目だ、報酬の問題じゃないんだよ。俺の馬車はもう先約があるんだ」
青い髪の女性……いや、少女とも言える年齢だろうか。
鮮やかでいて何処か現実離れしているとも見受けられるその髪色は、かつて世界を股にかける行商人が見せてくれた珍重なる宝石、『瑠璃』を思い出せる程の鮮烈なものだった。
その風貌からして冒険者、というのが第一印象だが……テントの帳も背負っている姿から、もしかしたら商人なのではとも考えられるだろう。
遠くからでも見て取れる安定した体幹は、あの少女が冒険者に然り、商人に然り、『素人』ではない事を教えてくれる。

あの少女は御者に乗車の交渉をしているらしい。

こちらとしても、イヴァルステッドに向かうのならば馬車を使いたい所だった。
ミックの目的地がホワイトランならば、イヴァルステッドはその経路の途中に座す。
ホワイトランまで馬車を雇い、道すがら降ろして貰えたら何よりだと考えていた。
私はミック、ベリー・ベリーの二人を一瞥し、口舌の競り合いの場に脚を進める。

 『先約があると言うのは、本当ですか。それは困ったな』
何事かと
交渉にもならぬやり取りを続ける二人の間に割って入るかのように、私は切り込んだ。
 『私達も馬車を使ってホワイトランまで行きたかったのですが……』
顎に手をやり、考え込むような仕草をわざとらしく行なう。
すると青い髪の少女は好機と踏んでか、御者へ向き直って言葉を続け、
 「ほらほら、団体さまですよ? これは商機ですよ、しょーき」
急に第三者のような、まるで商売の顧問のような立ち位置からの声になった。
 「千客万来は喜ばしいんだがねえ」
心が揺らいだのか、駄目の一点張りだった御者も眉を八の字にし、あぐねる。

 「なんてったって、今日の先約はストームクロークだからさぁ……いくら金を積まれても断れないんだよ、心情的にね」

ようやく理由を話した御者へ、一同が納得せざるを得なかった。
例外として、ベリー・ベリーだけは目を丸くしていたが。
 「ビミョーな立場ってことですね~。コレ以上は時間のムダかな?」
御者の言葉を聞いた青髪の少女はこちらへと振り返ると、
商人らしい
 「おじちゃん、ホワイトランに行くって言ってたよね?」
その僅かに細めの双眸から熱いものが注がれる。
それはかつて、とある砂漠を練り歩いていた時に見た、琥珀売りのカジートの商人と同じものだった。
 『ええ。正確に言えば、こちらの彼がホワイトランへ。私達はイヴァルステッドまでですが』
 「じゃ、もしよかったら一緒に行かない? ほら、旅は道連れって言うし~?」
視線から感じられたものからして恐らくこの申し出が来るとは思ってはいたものの、恐れを知らぬ存ぜぬとでも言わんばかりのこの少女の雰囲気に、若干気圧され、後ずさる。

助け舟ではないが
 「……俺は構わないぜ。お嬢ちゃんが良いってんならな」
絶妙なタイミングでの、ミックの言葉。
 「アンタ等はどうなんだ?」
あくまで旅の主導権はそちらにある、と言う意味合いでの問い。
己はただの同行者であると言うのを青髪の少女にも遠回しに伝えるための、この言い回しなんだろう。
善意に甘え
 「私は、おじさんにお任せしますよぉ」

灰色の瞳は、この青髪の少女に敵意も疑念も抱いていないようだった。
ならば―――

 『最近は物騒だからね……ここで会ったのも何かの縁。我々は途中までになるけど、一緒に行こうか』

断る理由は、無い。
渡りに
 「しょーだん成立!」
小気味良く手をパン、と叩いて話を締める。
我々のやり取りを見て、御者が安堵の息を吐くのが見えた。

 「あ、そーいえば自己紹介がまだだったね」
青髪の少女はにっかりと歯を見せて微笑む。
その者の名はチェシャ
 「チェシャはチェシャ! チェシャ・マリティーナ! いずれはタムリエルいちの商人になるから覚えといてねっ! よろしくね~!」
腹に一物抱えてそうな無邪気な笑顔と、そしておどけた様子での挨拶だった。

戯れあう
 「私はベリー・ベリーって言います~。ベリーって呼んで下さいねぇ~」
チェシャのとったポーズを真似しながら、ベリー・ベリーもまた明るい声音で答える。

戯れあう二人の少女の姿を眺めると―――私とミックは思わず顔を見合わせた。
思わず顔を見合わせ
 「……ま、いいんじゃねえか?」

短い間であるだろうが、この先の道中への得も言われぬ奇妙な不安に胸中でうろたえつつ私は、
 『……そうだね』
と、ただ一言で返すしかなかった。


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