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別れがあれば出会いもあるのは常である。
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ムダール達、キャラバン一行は「明日にはもう旅立つ」と告げる。
感傷に瘡蓋がかかっている内に、私は堅牢な石材で組まれた『ソリチュード』の門を潜った。
突き抜けるような爽やかな青空。
潮風に蝕まれた家々の壁が所々剥がれているのも、どこか情緒を感じさせる。
至る所に茂る緑が眼を癒し、商人や子供達の声が耳に優しく木霊する。
衛兵達のつっけんどんな態度はどこも同じだが、それすらも和らいで受け止められるのは、街に漂う安らかな空気のお陰だろう。
この街はいつ来ても良いものだな、と改めて思った。
ソリチュードに入って左手、まず目に入るのは街の宿、『ウィンキング・スキーヴァー』。
この街に於いて唯一の宿屋である以上は、宮廷関係者以外の外来者はここで宿泊するのは当然のこと。
私は宿の主と一言二言会話を交わし、部屋を取る。
二階へと案内された私は、まずは背嚢を降ろして、一息。
「欲しいものがあったら今の内に言ってくれ」
その言葉に呼応し、軽くつまめるものと幾つかの酒をお願いする。
主は口元を緩ませて快く承諾してくれた。
その間、私は旅用の重い装備を外し、ローブに着替える。
壁に囲まれた街に来た以上、物騒な身形で居る訳にはいかないから。
大皿に盛りつけられたパンや、焙って塩で味付けした肉、魚に加え、蜂蜜酒。
そしてソリチュードの名物スパイス入りワイン、それらが運ばれてきた。
私は椅子に腰掛け、食べ物を摘みながらペンを取る。
ショウエイとの出会いと別れ、ムダールとの出会いと別れ。
自分の淡き過去の語りや、剣を握る事の恐怖と高揚。
インクにペン先を浸し、時に笑い、頬杖をつき、時に物思いに耽り、天を仰いだりしながら紙と向かい合う。
大いなる自己満足。
文章を綴るときに感じる奇妙な快感に酔い、私は時間を忘れて綴った。
――気が付けば、既に陽は傾き、主に用意してもらった料理も平らげ、酒も空けている。
夕食を宿で頼もうか、とも思ったが……私は外に出て、出店のものを食べようと思い立ち、ウィンキング・スキーヴァーを後にした。
外に出ると、冷たい風が顔に降りかかって来る。
雪を被っていないとは言え、やはりこの街は北に位置する場所。
酒で熱持った鼻腔にツンと痛みを感じた。
陽が沈んでも、出店はまだ開いていた。
雰囲気から察するに、もうじき店を閉める様子だ。
「そこのアンタ、魚はどうだい? もうそろそろ店はおしまいだからサービスするよ」
脂の乗った鮭の切り身を塩で味付けし、焙った一品を薦めてくる。
思わず涎を垂らしてしまいそうなほどの香りに、堪らず私はそれを買い、すぐに齧り始めた。
「ははっ、美味いだろう? 海から揚げた脂の乗ったオス鮭は最高さ。パンに挟んだら最高だよ!」
私の輝かせた目を見てか、思わず微笑む店の主人。
すかさず、その隣の野菜を扱う店の夫人が声を掛けてくる。
「お兄さん、それに加えてこのこんがり焼いたリーキを加えてごらん? もうたまらないよ?」
おお、と納得し感嘆する私を見て、その夫人も微笑んだ。
美味い魚、新鮮な野菜、そして美酒。
立ち並んだ出店の商品はそれぞれが噛みあい相乗する、とても理に適った看板なのだな、と思わず感心し一人肯いた。
――――――
食べ過ぎたかな……と我が身を振り返る。
だが、こうして食を満たすのもまた安らぎであるのだと自分に言い聞かせ――
―――眠りに、ついた。
――――――――――
――翌朝。
私は顔も洗わずに、外へ出ては門を潜る。
宣言通り、カジートキャラバンの姿は無く、そしてムダールの姿も無かった。
彼等の旅の安全を遠い空に祈り、私はウィンキング・スキーヴァーへと戻った。
朝の整容を終え、カウンターへ朝食を頼みにいくと、そこには宿を経営する一家が集まっていた。
宿を経営する主と、次代の主である息子、そして孫。
宿を息子に預けたい父と、父を疎ましく思う息子、その会話の流れに時折、孫が口を挟む。
喧々諤々とした中で、親子の会話は一際目立ち、そしてそれを見た住民は「いつものことだ」と笑う。
ふと、その会話が途切れて、カウンターの二人が私のほうへと視線をやり、
「そういや、あんた。外に出た時に隣の部屋の女も出て行ったんだが、知らないか?」
朝食もとらずに出て行ったがチェックアウトもしてないんだ、と付け加えて。
その言葉が終わったと同時に、住民の一人がドアを開けて入ってくる。
「おい、コルプルス。あんたの宿のとこの客だろ? どうにかしろよ」
と、謀ったかのように事が起こった。
私は即座に外へと顔を出すと、確かに部屋を案内された時に見かけた身形の者が立っていた。
「ありゃ、相手はブルーパレスの従士様じゃないか」
『コルプルス』と呼ばれた宿の主が後ろから「まいったな、厄介ごとか」と呟く。
遠巻きに見ては何を話しているのだか解らないが……
少なくとも、ドレスに身を包んだ従士は困っており、それに話し掛ける旅人らしき女性は熱が入っている様子だ。
仲裁という訳ではないが、私は二人に近寄り、事情を尋ねてみた。
関係ないのだから引っ込んでいろ、と邪険に扱われるかとも思ったが、それは憂惧であったようだ。
両名にとっても、首を突っ込んだ私を助け舟と感じてくれたらしい。
「この人のお仲間ですか、旅人さん? あなたからも言ってやって下さい」
ドレスに身を包んだ女性が口を尖らせる。
「残念だけど今日初めて会った人よ。ね、同業者さん?」
緑の衣服を着こなす女性は、どこか楽しげだ。
私は、まず何で揉めているのかを訊ねた。
ドレスの女性。
「私はブルー・パレスに仕える従士です。買い物に来ただけの私を、この人がしつこく仲間に入れと誘うのです」
緑の衣服の女性。
「一目見て、あなたが腕が立つ人と解ったからよ。……でも、あなたも悪くなさそうね?」
私を一瞥して、楽しげに言い放ったが、何をそんなに人手を欲しているのだろうかと疑問に思った。
そしてそんな私と従士の様子を察してか、ある一冊の本を取り出して、私達に見せる。
「首を縦に振ってくれるまでナイショにしておきたかったけど、仕方ないわね」
ページを開き、それを見せつける。
その本を私に預け、目を通すように促してきた。
この書紀を書いたのは、この女性ではないのは解った、そして。
これは、とある冒険家による日誌。
内容からすると…… 無人で動く魔法の船を発見し、その場所を突き止めて探しに行った、という。
『これは……すごい』
私は思わず鼻息を荒くして呟いた。
「でしょう?」
してやったり、と言わんばかりの笑みを浮かべる緑の衣服の女性。
「こんな凄いお宝が、もし人の手に渡っていたら? たちまちスカイリム中で噂になるはずよ。でも、誰もそんな話を聞いていない。つまり……?」
『まだこの船は、そこにある、と』
「その通り!」
私達の阿吽の如き会話の流れについていけない様子の従士。
「そして、それを手に入れるのは一筋縄ではいかない、って言うこともね?」
なるほど、納得出来る話だった。
「だ、だからって、従士である私に仲間になれだなんて無茶苦茶ですよ。場合によってはあなたの身柄を拘束せざるを得ませんからね!」
従士の話も、ごもっともだ。
彼女には公儀に仕える身であり、私達のような自由奔放の身分ではない。
思い立ったが吉で投げ出せる立場ではないのだ。
「では、もし魔法の船が悪辣な死霊術士のものだったら? 従士様としては、近くにあるかも知れない脅威をどうにかするのが仕事じゃなくて?」
「……無茶苦茶ですね、本当に。 解りました、そこまで言うなら」
従士が席を立つ。
「首長様とお話ししてきます」
そう言い、宮廷『ブルーパレス』の門を潜って行った。
従士の背中を見送り、私は隣の緑の女性に声を掛ける。
『しかし、あなたも無茶をする。彼女が従士と知ってなお、食い下がるとは』
「女一人で冒険をしてきたのよ。これくらいの事は当然よ?」
子供のような微笑には、まるで邪心の影がない。
純粋。
それは無鉄砲ながらも、大きな力を生む。
尊敬のような、憧憬とも言える感情を彼女に抱いた。
そして――
意外にも、従士の帰りは早かった。
シンプルながらに整った鎧に身を包んだ姿を見、隣の彼女はさぞ楽しそうに微笑んでいる。
「……許可が降りました。得体の知れない脅威の可能性があるならば、それを断てと」
淀んだ目と、重い口調で語った。
―――――――――
出発は明朝。
ウィンキング・スキーヴァーにて私達三人は仲間としての杯を交わした。
明らかに不満の表情をしている従士に関わらず、旅人の女性は意気揚々としている。
「それじゃ、新たな門出を祝って……ああ、そうだった。まだ名前も名乗ってなかったわね」
手に持ったカップを置き、居直ると――
「私はシャコンヌ。よろしくね」
そうでしたね、と呟き、同様に居直る従士。
「フェンネです、よろしくお願いします」
二人から紹介を受けたが、そういえば私はいつのまにか加わっていたのだな、と今更ながらに思い返した。
……シャコンヌと、フェンネ。
美女二人に囲まれながらも、色々な意味で先行きが不安に思う私であった。
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