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 街道にて、狐と熊と蛇と。
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喉の奥に感じる血液の味。

それが己の限界以上に肉体を酷使した時に生まれる錯覚だと言うのは解っていた。

疲弊しきった二人の呼吸音が、木々に包まれた街道に響く。
陽は傾き、
息も絶え絶え、両膝はがくがくと笑い、膨らむ肺に肋骨が押されるかと思うくらい激しい気息を繰り返していた。
どれだけの時間走り続けたか、解らない。
大気を振動させるかのようなドラゴンの咆哮は、もう聞こえない。
降りしきる巨石による地響きも、もう聞こえない。
そして、人々の悲鳴も、もう聞こえない。

私達は呼吸を整え、次第に冷静さを取り戻してゆく。
時は既に太陽の沈みきった時刻。
夜空の星々が息を切らす我々を嘲笑うかのようにまたたき、煌いている。
お互いに交わすべき言葉など、無かった。
安否の確認などは、した所で道化。
ただ只管に駆け、逃げた。
足が縺れては手を差し伸べ、痛む脇腹の悲鳴を無視し、額に汗を滲ませて、ただ只管に駆けただけだった。
私達のとった行動は、それだけなのだから。
それでも歩を続け
 『……行こうか』
 「……はい」
気の抜けた言葉で、ただそう一言呟きあった。

――――

街道をしばらく進むと。
捨てられた場
右手側に緩い傾斜があり、その先にキャンプがあるのを発見した。
逃避の果て、夜の帳に包まれた我々には灯火がどれだけ魅力的に感じた事か。
例え其れが山賊や野盗の罠だとしても、其処に行かざるを得なかったのだ。
採掘者の残滓
朽ちかけた木造の椅子と机が幾つか置かれたその場所に、日記らしきものが一つ。
キャンプの側にある洞窟からして、採掘に携わった者達の寝床。
火は熾(おこ)されているものの、ここで寝食を行ない過ごした雰囲気や、人間の生活の空気は感じられない。
……となれば、ここは街道を通る者達の休憩地点のようなものになっているのだろう。

 『今夜はここで休ませて貰おう』

私の声掛けに対し、ベリー・ベリーは無言で力無く頷いただけだった。


―――

無言。
洞窟の傍らで
いや、無言と表すのはどうだろうか?
哲学的な自問自答をする訳ではないが、今こうして私達が何も喋らない事を無言と表現するにはあまりにお粗末。

……私は、ベリー・ベリーにかけてやるべき言葉が思い浮かばないのだ。
悲壮と疲弊
先の出来事……イヴァルステッドでの惨事は病み上がりの少女にとって、肉体と精神を蝕む事に、腹立たしいほど協力しただろう。
この少女の置かれた状況は、もはや疲弊の局地とも言える。
にも関わらず、食事で胃を満たそうが暖かい床を用意しようが、眠りにつく事ができないのだ。
生命の危機に照らされた者の神経と言うのは、極限まで研ぎ澄まされる。
その尖った神経が、精神を意図せずに高揚させ、疲弊し切った肉体を鞭打つ。
心の寧静を望む意思とは反するのだ。
そして、それはとても辛い状態だ。
何か切っ掛けが、心が幽寂に至る切っ掛けが無い事には、それは治まらない。

とは言え、この少女に対して何と声を掛けてやれる?

 もう大丈夫だ。
 安心していい。
 明日に備えてゆっくり休もう。

なんと陳腐で馬鹿らしい。
そんなありふれた言葉で、ベリー・ベリーの心を一時でも癒せようか?
 「……あのぉ……おじさん」
呟くように
石像のように固まって黙考する私の思考を遮ったのは、少女のかそけき声だった。
 『なんだい?』
遣る瀬無い表情を浮かべているであろう私に、おずおずとしながら言葉を続ける。
 「お願いが、あるんですけどぉ……」


――――――

 「すぅ……すぅ……」
久しぶりの音を奏で
静かな寝息と共に、その小さな身体が僅かに上下する。

――音楽を弾いて欲しい。

少女の願いはこうだった。
思えば、ベリー・ベリーにリュートを弾いて聞かせた事は、ドーンスターでの宿で過ごした時だけだった気がする。
私は、乞われるままにリュートを弾いた。

父に聞かせた、爽やかで軽快な音色でも無く。
ヴァルネラに聞かせた、情熱的でいて侘しい音色でも無く。
心を落ち着かせるような、ゆったりとしつつも何処か切なさを感じさせるような旋律を奏でた。
いや正確に言い表せば、奏でた、とではなく、自然とそういった調べになってしまっていたと言うべきだろう。

その音色が功をなしたのか、こうしてまたいつものようにあどけない寝顔を浮かべている。
安らかな寝顔をリュートを弾きながら眺め、ふと一つの疑念が頭を過ぎった。

揺れる
……だが、それは今は敢えて考えない事にした。

己の事などは後回しで良い。
今はこの少女、ベリー・ベリーがアリア・セレールと再会を果たすことが第一なのだから。


―――――――

翌朝。
空が白む頃合、ベリー・ベリーを起こし、保存食である乾いていて美味くもないパンを齧るよう促す。
無論私も同じものを食す。
早朝に発つ
不味い、と不満を口にする事なく、無表情のまま淡々と咀嚼を行なうベリー・ベリーを一瞥。
この少女のこういった逞しさには敬意を払わずにはいられない。
無我夢中で駆けた以上、リフテンまでの明確な距離は測れないが……街についたら、温かいスープと出来たてのパンを食べさせてあげねば。
我にも無く、素直にそう思った。

私達はキャンプを後にし、再び街道を行く。
朝靄の冷気に
朝靄を孕んだ風がやや湿り気を帯びつつ吹く中、徐々に太陽は昇ってきて、やがてはその姿を見せてくれる。

そして半刻もしないうちに、白んだ空には心地よい青さが広がってゆき、ポプラの木々が黄金色にまばゆく光る。
朗らかな気候へ
澄んだ空から、ドラゴンの怒号が響いてくる事も無い。
森の中から時折熊の吠える声が聞こえるが、それについては心配は無用なため、心に細波を生む様な事はなかった。
しばらく街道を進むと、一匹の狐が我々の元へと歩み寄ってきた。
僅かな癒し
普段ならば、警戒心の塊と言える野生動物がこのように接してくる事など有り得ないのだが、ベリー・ベリーと居る以上は、これが日常茶飯事。
 「狩りをしたいけど、おなかがすきすぎちゃってるみたいですねぇ」
屈んで狐と戯れながら私を見上げる、ベリー・ベリー。
私は何も言わず、乾いたパンと乾燥させた固いチーズを渡す。
ベリー・ベリーはそれを受け取り、差し出すと、狐は匂いを嗅いで危険を確かめる事もせずに、齧りついた。
 「美味しいですかぁー?」
カリカリと小気味良い音を立てながら固いチーズを噛み砕いている狐に、少女はいつものやんわりとした口調で語り掛ける。

その声音を耳にした時、私の中の心の溜飲が若干下がったかのような、少し気が安らいだような感覚がした。

―――

狐と別れてから、更に街道を進む。
目的地を確認しつつ
道沿いに、ようやく探していた物を発見した。
そう、それは――― 道標。
イヴァルステッドでの逃避から無我夢中だったとは言え、ある程度の方向感覚……所謂『勘』と言う部分に当て嵌まるのだが、こちらの方角に走れば逃避しつつも目的地に近付けると言う認識を心の片隅に置き、駆けていた。
そしてその無意識下の意志の元、本能的に正しい方向へと進んでくれていたらしい。
私は己の両脚に対し、この上ない感謝の念を抱いた。
 『このまま進めばリフテンに辿り着けるようだね。もうひと踏ん張りといこうか』
 「はーい」

道すがらの工場
朗らかな陽射しの下、私達は歩を進める。
道すがら材木を取り扱う工場の横を過ぎるが、内戦の最中であるにも関わらず閑古鳥が鳴いているようだ。
私は一度地図を確認し、この工場のある方角にある橋を抜けるべきか、今進んでいる街道と、どちらを進むべきか一瞬考えた。
その時、視界の隅に工場を見回るリフテンの衛兵らしき姿を確認し、決断する。
街道のままに
 『このまま道なりに行こう』
 「はーい」
街にたどり着く前に、下手に衛兵と関わるのは避けたい。
リフト方面の兵士達はあまり素行が良くないとの話を耳にした事があったのを思い出し、想到。
内戦が再び勃発したという現状に於いては、そういった兵士達が余所者である冒険者達にどのような言動を取るのだろうか、等とは考えたくもないことだ。
穏やか
普通の冒険者ならば、街道脇の林に住まう熊や、茂みに潜むジャイアントスパイダーを避けるために人通りの多い道を選ぶだろうが、我々にその心配はない。
遠目に移る、穏やかに眠る巨躯の熊を眺めながら、
 『……慣れるものだ』
と思わず胸の内が漏れた。
独り言に反応してか、ベリー・ベリーは首を傾げながら不思議そうにこちらを見つめる。
熊に襲われない事が当然の少女にとって、この光景が非日常であるという認識がないのだろうと考えると、思わず口元が綻ぶ。
 『なんでもないさ。さっ、行こう』
 「はーい」

立派な橋
熊の寝床から僅かした所で、私達はトレヴァ川を跨ぐ橋に辿り付く。
石造りの壁に、趣きを感じさせるような形状をしているが、それはまるで城砦の門の如き姿だった。
橋頭保(きょうとうほ)、と呼ばれるような拠点のような役割を担うためだろうか。
快適に
足の裏に返って来る木材の感覚は、この橋が新しい造りである事を教えてくれる。
内戦が勃発した事によって急造されたのかも知れない、等と他愛もなく思い至ったが、これだけの建造物を造るのにどれだけの時間が掛かったのか、とも考える。
建築に学のない私がいくら知恵を絞った所で、所詮は素人の浅知恵にてあぐねる一方だ。
ただ、冒険者にとって快適に渡れれば良い。
橋とはそんなものだ、と私は考えるのを止めた。

橋を渡り終えると、青空の先に街並が見える。
リフテンの街は、もうすぐ側だった。

―――そのまま歩を進めている最中、それを感じ取った。
歩調を若干……本当に僅かに遅らせ、慎重に足を運ぶ。
 『止まって』
静止を促し
 「? どうしたんですかぁ?」
低く押し殺した声で静止を促したにも関わらず、呆けた表情のベリー・ベリー。
豪胆と言うべきか何と言うべきか、と胸中で窃笑をこぼす。
私は久しぶりにクロスボウを手に構え、眼前……いや、そのもっと先を睨んだ。

 『そこに隠れているのは解っているぞ、出てこい!』
荒げ、吠える
そう。
確証は無い、が……それを説明するには、また『勘』と言い表すしかない。
私の中の直感が、人の気配を察知した。
街道でわざわざ身を隠す者は、大抵が野盗や山賊と言った不埒な輩だろう。
そして潜んでいる者は、街道から離れた物影に隠れているとなると、飛び道具を持っている事が大半だ。
気付かぬ振りをして背中を狙われた所で翻って返り討ちにすると言うのも手段として有りだが、それではベリー・ベリーの安全が保障できない。
草の者
故に、声を荒げて挑発じみた台詞を吐いた。
気配からして、恐らく相手は単独。
正面から飛来する矢は、一本。
それならばクロスボウの柄で弾くのも、私の身に着けた鎧で受け止めるのも容易い。
 「ちょっと待った! 今姿を見せる!」
身を潜めた相手がどのような賊か、そしてどのような手段で攻撃を仕掛けてくるかと脳内で幾つもの状況を想定していた、が……。
両手をあげて
 「こちらに戦意は無いし、敵対する理由も無い。ただつい癖で隠れてしまっただけだ」
何処かで聞き覚えのある声に、その思考は遮られた。

思わず呆ける
 「あーっ!」
 『貴方は……』
二人同時、思わず口を開けて呆けてしまった。
無手の証明として、両手を広げ、腕を掲げたままこちらに歩み寄ってきた人物とは、そう。
かつてマルカルスで出会った―――
それは見知った顔
 「ねずみさんだー!」
 「スネークだ」
緑色の装束に身を包んだ壮齢の男性、『スネーク』だった。
 「ハハハッ、俺が手をあげ、アンタが武器を構えてる。これじゃ以前とは逆だ」
少年のような無邪気な微笑みを浮かべたまま、こちらへと歩み寄るスネーク。
 「しかし、咄嗟に身を隠したからとは言え、まさか気取られるとは。俺もヤキが回ったのかも知れんな」
蛇
フフ、と不敵な笑みも語尾に付け加えて、尚も言葉を続ける。
 「まさかこんな所で再び会うとは思わなかった。アンタ等もリフテンに向かう所か?」
意外や意外、予期せぬ再会に思考が留守になってしまっていたが、急ぎ駆け戻して、
 『え、ええ。尋ね人がリフテンに居ると聞きまして……』
と、簡素な一言で返す。
 「ねずみさんの教えてくれたアリアさんは別のアリアさんでしたよぉ、もーっ」
わざとらしくフン、と強めに鼻息を吹くベリー・ベリーに対し、スネークは苦笑して答える。
 「まぁ合致点は名前だけだったからな、そういう事もあるだろう……ともあれ、済まないな」
そう言ってスネークは、居心地が悪そうに咳払いを一つした。
 『アンタ等も、と言う事は……貴方もリフテンに行かれるのですか?』
茶目っ気を交えた様子で頬を膨らませるベリー・ベリーを横目に、私は尋ねる。
スネークはその問いに頷き、答えた。
 「ああ。ようやく俺の同胞の居場所が解ってな……まさかリフテンだったとは思いもしなかった」
やれやれ、と溜息をこぼしながらも言葉を続ける。
 「どうだい、お二人さん。良かったら一緒にリフテンに行かないか? あそこは悪徳の街だが、多少は俺の顔が効く」
同行
スネークからの誘いの言葉に、ベリー・ベリーはいつもの様に私の方を見やる。
決定を私に委ねる合図だ。
そして今の私は、正に渡りに船の心境。
 『ええ、是非お願いします』
 「よし決まりだ。改めてよろしくな、お二人さん」
力強く親指を立てた身振りのスネーク。
私の隣のベリー・ベリーは、
 「私はベリー・ベリーですー。よろしくお願いしますぅ、ねずみさん」
と、礼儀正しく頭を下げた。
 「宜しくな、お嬢ちゃん。あと俺はスネークだ」

――――――

スネークを交えた私達一行は、街道を進む。
 「見えて来たぞ。リフテンだ」
見えてきたのは
街の近くだと言うのに街道を見回る衛兵の姿が一切無い事に違和感を覚えたが、リフテンとは恐らく「そう言った街」なのだろう。

実を言えば、私はリフテンに訪れるのは今回で初めてだった。

その街の様相は冒険者に、特産物や労働環境は商人から耳にしただけであって、実際に目にした事は無い。
ただ皆が口を揃えて言うのは、『治安が悪い』と『ブラックブライア家には関わるな』の二つだった。
水産の誇る街
ブラックブライア家、と言うのは『ブラックブライア・ハチミツ酒』を製造、販売している一族なのは知っている。
リフテンの近辺に醸造所を持ち、その莫大な富と狡猾な手腕を用いて、『リフテンの影の支配者』と呼ばれているのも耳にしていた。
冒険者や商人が『関わるな』と釘を刺してくるくらいなのだから、街の中の至る部分にて、ブラックブライア家の息が掛かっているのだろう。

私が抱いた不安を表すかのように、空が分厚い雲の群れに覆われ、そして急激に薄暗くなる。
それはまるでこの街に進まんとしている私達を、拒むかのような錯覚に陥らせた。

 「止まれ」
制される
門番の兵士の鋭い物言いによって私達は阻まれる。
 「見た所、冒険者か? 知らないようなら教えてやるが、この門を潜るには相応の対価が必要だぞ」
街を覆っている外壁に吊るされ鉄の籠、そこから放たれる屍臭に私は思わず眉をひそめる。
その表情を見た、もう一人の門番の兵士は、喉の奥で小さく「ククッ」と笑った。
 「察しの悪い奴だな。この街に入るには通行料が必要だと言ってるんだよ」
先ほどの言葉の真意を、私が理解していないと判断したのだろうか。
小馬鹿にするかのような声音からして、その兜の下ではさぞや意地の悪い笑みを浮かべている事だろう。

 「ほぉう、それは知らなかったぞ。オーダスト、クリルキー」
蛇の道は
背後から聞こえてきたのは、スネークの声。
毅然とした物腰のまま、兵士へと問いかける。
 「それで、通行料は幾らだ? 幾ら払えばその門を開けてくれんだ?」
その声を耳にした兵士達が私の後ろを見やると、
 「な!? あ、え……!!」
慄く衛兵
わざとらしいまでに慄き、まるで石膏像のようにその場に硬直した。
 「あ、いや、その……い、いえ……!!」
しどろもどろする二人の兵士の事などおかまいなしと言った様子でスネークは更に続ける。

 「どうした、通行料が必要なんだろう? だから幾らだ?」

一歩。
スネークがその足を前に出したが同時、片方の兵士が急いで門の錠に手を掛ける。
すると、もう一人の兵士が、
 「い、いえ!! 何でもありません!! ど、どうぞお通り下さい!!」
背筋をビシリと垂直にし、直立して街へと促す。
その兵士達の様子を見たスネークは、呆れて物も言えない、と深い溜息をつく。

 「行こう、お二人さん」
唖然とする私とベリー・ベリーを、スネークが促す。
そして言われるがまま、私達はリフテンの門を潜る。

リフテン
 ―――到着。

リフテン。




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