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 序章 【運命への叛逆】
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 「ぬう……『パーサーナックス』よ。何者だ? この人間は」
赤い翼を羽ばたかせながら呟いたのは、赤き翼を持つドラゴン。
赤き翼
その者の名は、『オダハヴィーング』。
かつてドラゴンボーンをその背に乗せ、邪竜アルドゥインとの戦いへと導いたドラゴン。
 「気になるのならば直接本人から聞くといい、オダハヴィーング。この者はこの山に吹く風の如く饒舌だ」
パーサーナックスによる詩的な物言いを歯牙にも掛けず、オダハヴィーングは問う。
 「よもや、ただの人間をこの背に乗せよと言うのか、老竜よ……いや、待て。違う。これは……」
語尾が段々と細くなってゆき、その音は羽ばたきよりも小さい。
そして一拍置いてから、こう言い放った。

 「……そうか。いいだろう、老竜よ。お前の戯れに付き合おうではないか。さぁ乗れ、人間よ!」

大いなる空へと
赤き翼が瞬き跳ね、雪を粉の如く舞わせる。
その首元に、男を乗せ―――

オダハヴィーングは、朝焼けの空を飛翔していった。

その背を見送る老竜
 「……頼むぞ、オダハヴィーング」
思わず声にして漏れたその言葉。
それに宿った感情に偽りはない。
そして―――まるで誰かに語るかのようにぽつりと呟いた。
 「我が父、アカトシュよ……人間達の物語は、恐らく貴方の眼の届かぬ所で行なわれるであろう。そしてそれは、我にとっても……」
その双眸はなんと
窪みとなった双眸には、光も無ければそこにあるべき物体も、無い。

 「だが、それは良い事なのかも知れぬ……采配を人間達に委ねるのも、また一興……時代とは、そうやって移り変わるのだからな……」




――――時は遡る。
霊峰の寺院
場面は移り変わり……『ハイフロスガー』にて。
スカイリムという北の大地の象徴とも言える、雪。
それを余すことなく身にし、めかした霊峰。
タムリエルにおいて最も高く聳える其処に、それはあった。

 「すっごく寒いところですねぇ~」
ある一幕
はぁ、と両手に息を吐き掛けながら呟く、少女。
 「この山は、タムリエルいち、高い。だから、寒い、とうぜん」
歴史は古く
少女のあどけない言葉を一蹴するかの如く放たれた声は、ゆっくりと一言一言を確認するかのように発せられる。
 「あぁ~、そうですねぇ~」
なるほどなっとく
灰色の髪の毛をふわりと揺らして頷く少女。
長い睫毛がぱちくりと踊り、首を僅かに斜にし笑顔を浮かべるその娘の名は……ベリー・ベリー。
 「でも、寒いとわかってるのに、ここは何で石で造られたんでしょうねぇ? 石ってすっごく冷たいのにぃ」
 「木、寒いと、割れる。石、寒くても、割れない。 だからだと、思う」
疑問に思った事を頭の中で考えず、ぽろりと漏れてしまった言葉へ、またしても一蹴するかの如き声で返す女性。
艶やかな黒髪に、どこか異国を思わせる気風な顔立ちの美女、シャ。
 「あぁ~、そうですねぇ~」
開けたメインホールには先程から豊かな髭を蓄えた年老いた男性達が代わる代わる瞑想に訪れる。
お互いに歯牙にも掛けぬという所が、また得も言われぬ奇妙な場を作っていた。
気にも留めずに
 「ここ、みんな、瞑想に、くる。ちょっと静かにしたほうが、良いかも」
 「めーそー??」
荘厳で静謐な空気を保つため、たしなめる意味合いでシャはベリー・ベリーに投げかけるが、当の本人は露知らず。
共通点は
 「……」
何言ってるの?
灰色の双眸がそう語っているのを見、シャは押し黙った。
これ以上の問答は恐らく無駄だろうと悟り。

場面はまたも変わり。
更に高き地
ハイフロスガーより更に高き場所へと移る。
タムリエルで一番高いとされるその山の頂に至るには、呼吸すらままならぬ程の強烈な烈風の道を越えてゆかねばならない。
霊峰の巡礼などで、この道を進もうとする僧はいない。
何故ならこの道は易々と行けるような道ではなく、『資格』のないものは烈風によって拒まれてしまうのだ。
それが故に、この霊峰の神秘性、神聖性とは、まさにタムリエル一の高さとも言える。

いつしかこの霊峰の頂は、『世界のノド』と呼ばれるようになっていた。

普段ならば、この山の頂に人の気配は無いのが当然である。
だが……この日は違っていた。

旧友、相対
 「久しぶりね。こうして顔を合わせるのはいつぶりかしら?」
 「さて、な。時間というものを無為に思わない訳ではないが、少なくとも我にとっては以前の邂逅から、まばたき一つ程度の時にしか感じられぬ」

その頂きに居るは、三人。
いや三人と表すのは些かの語弊がある。
……何故ならば。
 「うふふ。相変わらずね。再会を祝う言葉を述べたりはできないのかしら?」
首を擡げて、見上げながら冗談の句を並べるのは、アリア・セレール。
そしてそれに応えるのは、
 「我にとっての言葉とはそういうものではない。だが、そうだな……人間の言葉で言うならば話は別なのかも知れぬ……『よくきたな』、アリア」
霊峰に座す
なんと、ドラゴンであった。

古びた衣のように破れた翼。
猛々しく尖っていたであろうその角は所々欠けており、先端は折れている。
力強さに満ち満ちていたであろうその鱗は乾き、どこか色褪せており。
そして、全てを焼きつくさんと血走らせているはずであろう双眸は、まるで夜空の星の瞬きのように澄んでいた。
ドラゴンと言う不死の存在の中にしても、それは古き者である、と一目で見て取れる程のものであったのだった。

 「あなたのそういうところ、嫌いじゃないわよ、『パーサーナックス』。うふふ」
旧知の友の如き口ぶり。
軽佻とも取れるような物言いに対して眉を顰めるような様子は欠片も無く、ドラゴンは口を開いた。
賢者と導師
 「かの血戦より如何程の時が経ったかも解らぬ。だが今やスカイリムを覆うアルドゥインの気配は色濃くなる一方だ……かつての日々と同じように、な」
その口から放たれる言語は、紛れもなく人間と同じもの。
暗く、重く、そして何処か悲しく……それは、とても不思議な声音であった。
それは、
 「ドラゴンボーンによって負わされたアルドゥインの傷は完全に癒えたようだ……その証拠に、奴は再びこの美しく広い空を、その黒き翼で無粋に舞っている」
 「そうみたいね。噂は耳にしたわ」
そのドラゴンに対して何事も無く会話をしている、アリア。
 「……奴は探しているのだぞ、お前を。そして、新たなドラゴンボーンを……。我は長話を好むが、悠長に舌を躍らせる遑はお前にはないだろう、アリア」
互いの空気が、緊張のものへと変わる。
 「話すのだ、お前がまたわざわざ『現世』に出てきた理由を。そして、後ろに居る人間の事もな」
 「そう、ね」
アリアが男を促す。
すると―――
敬意
男は地に片膝を突き、そして頭を垂れた。
その行いに瞠若したのは、アリアもパーサーナックスも同じ。
 「人よ、何故頭を垂れる」
 『解りません。だが、何故かこうすべきであると……自然と、そう動きました』
男は頭を垂れたまま、尚も続ける。
 『それは、貴方に知恵を借りたいと言う私の浅ましい下心から来るのか、それとも貴方の身に纏うものに圧倒されて身体が促されたのか……私にも解りません』
連ねられた言葉に成程と頷くのは、老竜・パーサーナックス。
人と竜との問答
 「請う者の態度と言うわけか……頭を上げよ、人よ。我が知識がそれに見合うものでなければその礼儀に対し、立つ瀬が無い。それに……」

老竜は起立を促しつつ、言葉を続ける。

 「アリアが連れてきた者を無碍にするつもりはない……話せ。聞こう」




――――――更にまた、時は遡る。


 「おやすみなさい、ベリー……」
晏如の時
場面はアリアと邂逅せし場に移る。

再会の喜びに踊り、楽しき祝いの劇を演じた親子たち。
饗宴にも似た喧騒の後に、疲労と安心の極致に至ったベリー・ベリーは床についた瞬間、重たい石が湖に沈むかのように即座に眠ってしまった。

 「子供の時間は終わりですね。それではこれからは大人の時間、と言った所でしょうか……」
賢者はかく語り
扇情的な物言いに聞こえるが、間違ってはいない。
そう。
これからすべき話は、子供が寝てからのもの。

 「どうぞこちらへ」
アリアに促されるままに、彼は階段を昇る。
案内されるがままに
 「私がアカトシュより天啓を授かりし、『導く者』と言う定めを受けたというお話はしましたよね?」
再確認するかのように放たれる言葉。
アリアは、背を向けたままだった。
二階へ
 「ですが、私はそうである前に『アークメイジ』と呼ばれ、そして……薬学と植物学の『賢者』とも呼ばれ、そして……」
おもむろにクローゼットの前に佇み、手を掛ける。
すると、どうだろう。
物はなく
その中身は、もぬけの殻。
 「『魔女』とも呼ばれる立場にもありました」
隠し戸
その言葉と同時に、クローゼットの中にある板が横にずれて動いた。
そして明らかに異質なる空間が広がっているのも、見えた。
その先にあるものは
 「さぁ、どうぞ。私の『研究室』へ」
歩を進める彼女に従い、そのまま『研究室』へと足を踏み入れる。


 「先代のドラゴンボーン、アベイはアルドゥインに敗れ、その命を落としました」
異空間
その身を翻し、賢者はまた訥々と、そして淡々と語り始める。
 「しかし、彼はその命と引き換えにアルドゥインへ多大な傷を負わせる事に成功しました。それによって、アルドゥイン及び、部下であるドラゴン達は一旦姿を隠さざるを得ませんでした」

何故なら、と間に付け加える。

 「その血戦の最中に私の……『導く者』の姿が無かったからです。この事実にドラゴン達は、私が『既に次のドラゴンボーンを導いている』と考えたのでした」
英雄の物語の
研究室に舞う奇妙な波動を放つ巨石が、淡く光っている。
賢者は語り部の如く、更に言葉を続ける。
 「ドラゴンボーンはドラゴンを討つ事によってその魂を吸収し、力を得ます……。アベイとの戦いで満身創痍となったアルドゥインは、部下のドラゴン達が新たなドラゴンボーンによって倒されて強力になってゆき、自身の傷が癒える前に立ちはだかられる事を防ぎたかったのです」
この世の陰で起こっていた事象に聞き入る男。
それは詩の如くに
 「私はその間に、準備を始めました……先代のドラゴンボーン、アベイの『蘇生』を」
賢者の言葉から出たものは、驚くべきものであった。
だが、今までの旅路で聞いて来たアリア・セレールの軌跡を思えば、不思議な事ではない。
 「これは……アベイ自身の願いでもありました……彼は、アルドゥインとの戦いに挑む前に、私にこう言いました」
その青き瞳に瞼が被さり、一拍を間を置く。
そして。

 「『こんな思いをするのは俺だけで良い。だから頼む。俺がアルドゥインに敗れて死んだ時は、お前の知識の全てをもってして、俺を蘇らせてくれ。俺は何度でもアイツと戦ってやる』……と」

沈痛な面持ちと、暗く重たい声音で語られたその言葉は、英雄と呼ばれたドラゴンボーンが故の、無常に満ちたものだった。

 「……私は、頷くほかはありませんでした……。とは言え、私の知識の全てをもってしても『無よりの蘇生、創造の法』というのは困難を極めました……。魂を操る死霊術の一環とは異なり、肉体を元に戻す回復魔法ともまた異なるものでしたから」
長き語り
賢者アリアは、大袈裟に深呼吸を一つ。
 「無からの創造による蘇生……『神の領域』、とも言えますでしょうね。私は器物の創造を行なう術は身に着けていましたが……さすがに血肉、精神、魂の宿る創造を司るには、私一人の力ではどうにもなりませんでした」
一瞬天を仰ぐかのように首を擡げ、そして向き直る。
 「私はそれぞれの分野の人達から知恵を借りるべく……旅立ちました。私が創造した領域に、ベリー・ベリーを置いて……」
賢者の眼差し
声音から伝わる、歯がゆさと、後悔と、慙愧。
ベリー・ベリーを置いてゆく決断をした、というのはやはり悩みに悩み抜いた結果だったのだ。
 「もちろん、ベリーを一緒に連れて行く事も考えました……けれどもしドラゴンが、ベリーからのドラゴンボーンの波動を感じ取り、襲い掛かってきたら? そのドラゴンを退けるのは造作もない事ですが、その事実はアルドゥインにも伝わるでしょう……もしそうなった場合、アルドゥインは力を蓄える前にベリーを葬ろうと、もっと早く行動をおこしていたでしょう」
その瞳は、憂いに満ちる。
 「……本来ならば、そうしてあの子を『成長』させて、ドラゴンボーンとして熟練させる事こそが、定められし事なのでしょうね……。ですが、私にはそれが出来ませんでした……私はあの子を、ベリー・ベリーを戦いの渦に巻き込みたくなかった」
眼前の男を見据える。
成長を語る
 「……私は、残酷で、愚かな女です。アベイの遺言を盾に、世界とあの子の立場を天秤にかけているのですからね……」

悲痛な声で語られた、アリアの心の中の思いに、男は……ゆっくりと首を横に振った。



 『いいや……貴方は正しい。そう、親として正し過ぎるほど』






――――――――時は、戻る。


 「人よ、お前は今何を言っているのか解っているのか?」
胸中かく語り
老竜から降り注ぐ疑念。
それに対して、真っ直ぐな視線で返す。
 『私は本気で聞いています』
男の言葉に嘘偽りが無く、そして曇りの無い事を感じ取った老竜は呆れる事も鼻で笑う事もせずに、答えた。

 「無理だ。ドラゴンボーン以外には、アルドゥインは倒せん。いいや、そもそも奴に傷を負わせるどころか触れる事も叶わん。それが摂理であり、真理だ」

絶対的とも言える部分に触れながら、老竜パーサーナックスは諭すように語る。
 「そして、アリア。お前がドラゴンボーンを導かないと言うのならば、それもまた道理だ。どちらかが滅び、どちらかが生きる……物事で言えばただそれだけの事なのだからな」
 『しかし、竜よ。感情はそれと違います』
淡々と語るそれに対し、男は食って掛かる。
 「感情。そうだな、人は感情というものによって行動を支配される。それは良くも悪くも、な」
 『それが人たる所以です』
一瞬だが、パーサーナックスが遠くを見つめるかのように首を擡げた。
しかしそれはすぐに直され、また男と向き合う。
 「所以、か……。かつてのドラゴンボーン、アベイは我に対しこう言った。『この世界が好きだ、だから滅びて欲しくない』とな……。だが、ドラゴンボーンは敗れ、アルドゥインは生きている。これが答えであり、揺るがぬ絶対の事象だ」
それが世界の答え、と言うのを遠回しに伝える老竜であったが、なおも言葉は続いた。

 「だのに、何故だ? 問おう、人よ……。お前は何故アルドゥインに立ち向かおうとする?」

達観の言葉
 『私は…………』
男は、俯いた。
この刹那に幾百幾千とも言えるかのような自問自答をし、それを心で噛み締める。



そして―――男の脳裏に浮かんだものは―――


ソレハ、ナニモノニモ


―――少女の、安らかな寝顔―――


 『私は……』

その言葉の先を待つのは老竜だけではなく、アリアも同様。

叫びにも似た

 『私は、ただあの子が……安らかであって欲しいだけだッ!!』

その声は、乾いた空気を振動させるには充分すぎるほどのものだった。

 「……そのために、全てを犠牲にするのか? 世界は新たに生まれ変わろうとしているのかも知れないと言うのに?」

 『その先に、あの子の笑顔は無い!!』

 「生まれ変わった世界の先に、平穏と安寧に満ちた理想郷が待っているのかも知れないのにか? アルドゥインが降臨すると言う事は、今の世界が混沌と憎悪に満ちている証拠なのだぞ?」

 『あの子には、関係ない!!』


 「その決断によって……幾千幾万、あまねし血と魂が失われると知っていてもか?」


 『そうだッ!!!』



空気を裂くように冷たい風が、山の頂を撫でた。
隻眼と、深き双眸はまだ互いに睨み合っている。
声を荒げた男は興奮からか、呼吸を乱し大きく両肩を揺らしていた。

しばらくして……パーサーナックスは、アリアの方へと顔を向ける。

興味
 「アリアよ。この男は途方もなく愚かで、そして救いようがない。およそ賢者のお前が連れてきた者とは思えん」
パーサーナックスは歯に衣着せぬ物言い。
しかし。
 「だが、不思議と悪くない。アルドゥインという一つの存在によって世が滅ぶのならば、たった一人の人間によってそれを否定する。かつてドラゴンボーンが言い放った事と何が違うのであろうか?」
一興
連ねし言葉に、アリアは穏やかに微笑んで返す。
 「そうね。愚かで途方もないでしょうけど、感情で言えば私も同じ思いを抱いているわ」
 「有情とは奇妙なものだな……。これも時代というものなのかも知れん……」
パーサーナックスが、微笑んだ。
深き深き
竜種にそのような表情が出来るわけがない。
だが、少なくともこの場にいる人間二人は、この竜の顔を見て、そう感じた。

 「ならば……我もまた時代に従い、感情のままに振舞おう」

パーサーナックスが、そう呟くと―――

 「こ、これは……パーサーナックス!? あなた……!?」
煌きに満ちたそれは
アリアの驚嘆の一声。
まばゆい光を放つ二つの球体が、突然中空に漂う。
そして―――
 「人よ、受け取れ……」
己が意思の侭に
パーサーナックスの双眸は、まるでくり抜かれたかのように空洞になっていた。
 「竜の血肉には大いなる力が宿る。そう、『魂』とは比べ物にならぬほどの、な……。そしてそれは時間と共に蓄積され、その器と量に限りは無い。古よりの竜が強靭強力たる所以は其処にあるのだ」
 「た、確かに凄まじい力の波動を感じるわ……」
 「竜の肉体が滅ぶ時、その身を炎に包んで骨だけにするのは、宿した力を他種に奪われぬために行なわれる、謂わば保身のものだ……。故に、竜の血肉を手にする者はそうそう居ない」
膨大なる力
夜闇を眩しく照らす其れは、老竜パーサーナックスの『眼』であった。
圧倒されるまでに輝く『眼』は、まるで水面に浮かぶ植物の種子のように揺れている。

 「人よ。覚悟があるのならば、それを宿すがいい。ドラゴンの一部をその身に宿す事によって仮初ながらも『竜』となれるだろう。それこそが、奴と相対するための最低条件だ」
眼
その輝きにたじろいだ後、男は老竜へと視線を移す。
 『しかし、貴方の光を奪ってよいのか……』
男が躊躇うのは、そこであった。
されども老竜には躊躇いも後悔も、そういった素振りは欠片もない。
 「我が自らの意思に従ったまでの事だ……お前も意思を貫くのであれば、その眼に手を伸ばし、竜の力を得よ」

その者は手を伸ばし
男はその言葉の通りに手を伸ばす。

すると、それは吸い付くようにして手の方へと進んでゆき―――


 『おおおぉぉ!!?』
衝撃が
奇妙な光と音と共に、それは身体の中へと吸収されて行った。
その予想だにしなかった衝撃に、男は思わずその場でくず折れる。
 「これは……!?」
アリアが発した声音は、その様子を心配と言う意味合いでのものではなかった。
身体を巡り
 「……人よ。その身に感じよ。それこそが竜の力。そして……衝動を理解せよ。その力の衝動に抗い、叛逆せよ。それこそが竜が備える悩ましくも甘美なるものだ」
 『お、おおおぉぉぉぉ………!!』
男は指先をわななかせ、そしてそれは全身へと広がってゆく。
その身を包む恐ろしき何かに耐え、抑えるかのように。

そして―――
そして、胎動
 『……これは……』
落ち着きを取り戻した男は、溜息にも似たそれを口から溢す。
 「歓迎しよう、仮初の竜よ……」
老竜はささやかな祝福を交えた言葉を送り、そして―――
 「あとは、アリア。お前の叡智の結晶をこの者に渡すといい。かつてドラゴンボーンに送呈したようにな」
男の傍らに立つ賢者に、そう伝えた。


――――

 「あっ、先生! それにおじさん! おかえりなさーい!」
頂からの帰還
石で出来た寺院内に響いたそれは、二人の帰還を喜ぶベリー・ベリーの無邪気な声だった。
それに応えるかのように、アリアは手を小さく振って返す。
 「ただいま、良い子にしてたかしら?」
 「はい!」
無邪気に
ベリー・ベリーのはしゃぎっぷりに若干呆れるシャであったが、そういうものだともう自身を納得させていた。





――――――時は戻り、朝焼けの空へと。



空を駆ける
地上を往く者に、地平線から昇る朝日をここまで鮮明に見つめる事は無い。
今目に映る光景はまさに、空を駆けるものだけが見られる景色だ。
 「人間よ、空には憧れるか?」
オダハヴィーングは、その背に乗せし者へと不意に語りかけた。
 『……』
男は答えなかった。
高き
 「この眺めこそが、ドラゴンの視点。人間達の諍いなどちっぽけなものだと思わんか?」
 『……』
男はまたしても問いに、答えなかった。
押し黙り続けるその様子に、呵呵と大笑するはドラゴンであるオダハヴィーング。
 「怖いか? これから向かう先が」
 『……いいや』
 「ならば何故黙る? お前は饒舌な人間だとパーサーナックスは言っていた。話が違うではないか?」
オダハヴィーングの言葉に、男はようやく口を開いた。
 『考え事を、していた』
 「ほう。どのような?」
空の一幕
男の言葉に興味津々と言わんばかりに食いつくオダハヴィーング。
 『ドラゴンボーンは、どんな思いで貴方の背中に乗っていたのであろうか、と』
 「なんだ、そんな事か」
オダハヴィーングは男の吐露した思いについて答える。

 「先程我がお前に尋ねた事だ。空を飛びたい、上空から見れば人間達の争いなぞちっぽけだ、そして……怖い、とな」

 『……そうか……』

赤き竜と男の会話は、それっきり途絶えた。



――――――

高き空を駆け、到着した先。
そこは、山麓。
およそ人間では到達不可能とも言えるような急傾斜の山々に囲まれた陸の孤島の如き場所。
 「ここが『スクルダフン』だ。ここの遺跡の最上部からアルドゥインが塒(ねぐら)としている『ソブンガルデ』に行ける」
かの地へ
 『そうか……長い道のり、ありがとう』
述べられた礼に応えるかのように、オダハヴィーングは口を僅かに開いてその牙を覗かせる。
それはまるで、笑みを浮かべているかのようだった。

 「世界のノドにて、お前を待とう」

そう一言だけ呟くと、オダハヴィーングは上空へと飛び去って行った。


スクルダフン
男はスクルダフン遺跡の前にて立ち尽くす。
それは決して怖気づいたからではなく、はたまた後悔から二の足を踏めない訳ではなかった。
ただ単純に、この光景を眺めていたいと言う感情だった。
深呼吸
 『……良い日和だ』
天を仰ぎ、思わず呟く。
そして、深呼吸を一つ。
蒼天をながむる
澄み渡った青空に、白い雲。
その中に佇む己。
この光景を瞳に焼き付け、そして詩的な単語を飾り並べる事こそが、この男の日常であった。
だが、しかし――――
陽光を浴びながらも
その日常は、もう捨てたのだ。

これより始まるのは、かつての己への回帰。
戦の坩堝に身を投じた頃のような、心を焼け焦がす不毛な日常への。

オダハヴィーングが去った後に集うのは竜の小姓、ドラウグル達。
待ち受けるのは
そして。
主の塒(ねぐら)を見守るための、アルドゥインの『部下』たち。
舞う
―――旅人としての己は、もう終わったのだ。

パーサーナックスの両眼をその身に宿し、竜の力を得た時に。

アリア・セレールによる魔法の武器と防具を譲り受けたときに。

男は、自身にそう言い聞かせると―――

開幕

背にした大剣に手を伸ばし―――

駆け――

―――駆け出した。

そしてそれに呼応するのが―――

開戦
遺跡の、守護を担う者達。

咆哮、そして轟音。

全てを焦がし、粉にする炎の声がドラゴンの口より放たれる、が―――
灼熱

男の脚は思っていた其れよりも遥かに早く――

駆ける!

その炎の波の下を潜りながら、駆け続ける。

屍

炎に焼かれて息絶えると思いきや、急いで弓を構えるも時既に遅し。

一閃

男の振るった剣が、ドラウグルを一閃!
炎の力を宿した剣が、その乾いた身体を灰燼へと帰す。

牙と剣

それを見たドラゴン、牙にて迎え撃つべく地へと降り立つ。

始まり

 『うおおおあぁぁぁぁぁーーーッ!!!』


怒号にも似た叫びが、山麓に木霊する。


孤独な闘いの、始まりであった。



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 ■■■  一章 【古を屠る為に】