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 一章 【古を屠る為に】
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 「定命の者、貴様は何者だ! 貴様からは竜の命脈を感じるぞ!」
ドラゴンから発せられる言葉が、男には理解できた。
それは仮初ながらも竜になったからこそ為せる様になったのだろう。
言語を
駆け寄ってきた更なるドラウグルを斬り伏せながら、男は跳躍したドラゴンを睨みつける。
そしてその牙が眼前に迫るや否や―――それよりも速き一閃が、空間をも裂くかの如く―――
 「お、おおぉ……!?」
一刀のもとに
―――走る。
鋭利、そして赫灼(かくしゃく)たる刃が、ドラゴンの肉体を易々と、斬り裂いた。
 「なんと……まさか……? アル……ドゥイン……こやつ、は……」
その呻きは、人間が発するものとなんら変わらぬもののようだった。
己が主の名を呟きながら、その血肉は炎に包まれて……そして、霞であるかのように霧散。
骨だけ残して
肉体の滅びを示す亡骸を残し、ドラゴンは息絶えた。

ドラゴンの絶命を見届けると、男は一旦剣を収めて深呼吸を一つ吐く。
そして自らの肉体を眺め……思わず呟いた。

脈動、息吹
 『恐ろしい……』
恐怖を感じたのは、何に対してか?
それは紛れも無く、己自身についてだった。

老竜パーサーナックスより宿りし、竜の眼。
賢者アリア・セレールより賜わりし、魔法の大剣と防具。

それらが混ざり、昇華され、息衝く自身の力。
それなりに腕は立つほうだと自覚はしていたし、自負もしていたが……其れは一体なんだったのか。
そう思わせるほどの力を、男はひしひしと感じていた。

力を得れば、それを振るいたくなるのが衝動であり、そして本能でもある。
ドラゴンとは生まれもってして王者たる力を持っている以上、今己が感じている熱き鼓動をより強く感じるのだろう、と思わずには居られなかった。

 ―― 人よ。その身に感じよ。それこそが竜の力。そして……衝動を理解せよ。その力の衝動に抗い、叛逆せよ。それこそが竜が備える悩ましくも甘美なるものだ ――

パーサーナックスから掛けられた言葉の真意が、より一層深く心に突き刺さるのを男は感じていた。
傷一つなく
 『……罪深いものだ』
男は僅かにだが、ドラゴンに対して憐憫の情を抱いていた。

だが。
更なるドラウグル
そう感じ入っていようが、いまいが……追撃の手は止まない。
聖域に侵入した異物を除去するために更なる小姓が駆けて来る。
そう。
闘いの狼煙は、もう上がっているのだ。
狼煙はあがっている
氷の魔法を会得しているであろうドラウグル、召喚され使役される氷の精霊と、古代ノルドの両手剣を持ったドラウグルが立ちはだかる。
竜の気配を察したのに、なぜ人間が?
その妖しく光る双眸はそう物語っていた。
一瞬の油断、躊躇、思考。
刹那であろうそれが、まるで木の葉がゆっくりと舞い落ちるかのように感じられる。
それは己が速いからだろう。
即座に
即座に間合を詰め、剣を振りかぶる。
その動作を認識できた時、ドラウグルは既に―――
炎に包まれ
炎に包まれ、真なる永遠の眠りに着く。
そのまま召喚された氷の精霊に一太刀浴びせ、絶命の確認もせずにまた駆け、魔法を操るドラウグルを斬り伏せる。
瞬時に

男は駆けた。
闘いの衝動のままに。
心を怖気づかせぬために。

またしても、竜
 「定命の者! その力、どのようにして得た!?」
上空から放たれたのはドラゴンの力持つ言葉ではなく、単なる疑問による質問だった。
男の唇の端が、釣り上がる。
妙に人間臭い事を言う、と他愛も無く考えたからだ。
ドラゴンと対峙
 「まあ良い、我が主の御前を冒す者には死あるのみよ!」
着地と同時に地響きと砂煙が舞う。
立ちはだかる男に掛けた言葉。
それは―――
烈風・氷
 「凍てつけ!」

男の身に降りかかるのは、土をも凍てつかせるような氷の吐息。
ドラゴンの咆哮。
それはドラゴンの言語がそのまま力であり、魔法であり、そしてそれらを指すものなのだ。

凍れ、と投げかければ氷の吐息が。
燃え尽きろ、と吼えれば、火炎の吐息が。

そう。
ドラゴンの口から放たれるそれらは、ドラゴン達にとっては単なる言葉でしかないのだ。
そしてその言葉には、他種の者達を畏怖させるには充分過ぎるほどのもの。
それに包まれたら最後。
まるで乾ききった古木の如く軋み、そして砕けるだろう。
しかし……。
包まれようとも
男は、耐えられた。
ドラゴン達の言葉が力であるならば、応酬によって時に鬩ぎあう事もあろう。
つまりは、ドラゴン達はそれらに耐えうる身体を持っているのだ。
無論、賢者から授かった防具も大きく貢献しているが。

 「な、何故だ! 我が寒き声に包まれながら倒れぬとは!?」
驚愕を尻目に
青白き帳(とばり)より出でた男を見て、驚愕せしはドラゴン。
凍える所か、寒がる素振りすら無い。
剣を振り上げるその人間の姿を目の当たりにした時には、もう遅い。
その脳天に、業炎を纏った剣身が叩き付けられる。
烈火

 「この、力……!? お、おの、れ……」
怨嗟の呻きは言い終える前に、そのドラゴンの肉体は滅ぶ事となる。
先程のものと同様、血肉は炎に包まれて霧散し、やがて骨となった。
骨と化し
塵となってゆくドラゴンの肉体を見つめるその瞳に迷いは無い。
凍気に包まれて僅かに荒くなった呼吸を整えると、男は再び駆け出す。
そして、同時に耳に届く。
この遺跡を巡視するドラウグル達の、騒然とせし声。
長き長き、
竜の力を宿せども流石に屍の声の内容、意味は理解できないようだったが……これだけは確実に理解できる。
連中に蔓延せし、恐怖。
それもそのはずだ。
鱗が鮮やかなドラゴンは若輩であるとは言え、それらが一振りの刃で絶命したのだから。
屍に感情など無い、のだろうが……軍隊で表すならば『隊長』を失ったのだ。
動揺もするだろうし、瞠若もしよう。
襲いかかる声
 「――ッ!!」
遺跡と遺跡を結ぶアーチ状となった通路の上から降り注ぐ、力の宿った声。
だが、それは明後日の方角へと飛んで行き、男の身体に掠りもしなかった。
立ちはだかるドラウグル達を、男は―――一閃。
一刀!
まるで木の葉を振り払うかのごとく容易く、切り捨てる。

 『どけぇぇぇーーッ!!』
疾風のように

衝動が、声となった。
自身に宿る竜の眼から溢れる、力の衝動。
破壊を求めるドラゴンの性(さが)。
かつて大鎌を振るって戦場を駆け抜けた己の過去。
それらが重なり、混ざり、胸の内で爆ぜる。

燃え尽き
駆ける。
斬る。
また駆ける
また斬る。
抜き身の刃となったのは、己なのか、それともこの魔法の剣なのか。
剣と炎と
遺跡を進むにつれて、閨(ねや)を守る兵士達の数は増していく。
そしてそれらを悉く、蹂躙した。
一体、また一体と。
鎧に包まれたとは思えぬほどの軽快な動きと、長大な剣を振り回しているとは思えないほどの豪速な刃。
同時に何体襲いかかってこようが、物の数ではなかった。
烈哮
屍が気圧され、慄く。
この聖域を守ると言う使命を課せられた以上、勝ち目のない戦闘でも闘わざるを得ないのは、此処に存在する屍にとって悲劇でしかなかった。
いや―――ある種、現世に繋ぎとめられた肉体と魂が開放され、滅びを迎えられるのだから、むしろ喜ぶべきなのかも知れない。
逃がさず
普段ならば、男はそう考えただろう。
詭弁だと解っていながらも、そう考えただろう。
だが今は、そんな思考など欠片も無し。
衝動のままの容赦のない刃が振るわれ、そして屍は潰える。
それだけだった。

……剣を振るい続けて幾許か。
屍の気配すら感じられなくなった遺跡に、緩やかながらも頬に鋭さを覚えさせる冷たい風が吹いた。

聖堂へ

男は大きく息を吸い、そして吐く。

眼前に聳える巨大な石の扉を見据え―――
その先で起こるであろう、また激しい闘いへの高揚を抑えつつ―――進んだ。


―――――――
聖堂の中
外観から解っていた事だが、天井は高く、そして中は広大。
ある種、荘厳とも受け取れるような雰囲気を醸し出しているのは、決して消えない篝火の作る明暗からだ。
影は妖しく
黴(かび)臭い埃が、隙間風に乗せられて舞う。
そして同時に運ばれるは、神経を逆撫でする程の濃厚な死臭。
生物であれば誰もが忌避すべき芳香。
熟練の冒険者でも、それを嗅げば脚を進める事に一瞬躊躇うであろう。

だが男は―――躊躇わない。
更なる開幕
それ所か、また駆け出した。
佇むのを惜しむかのように。
古の聖堂に対して情緒など、露ほども感じずに。
闊歩するドラウグルを、また切り捨てる。
熱き火に包まれ
その一撃によって蔓延する敵意を、ものともせずに。

―――ドラウグル達に走る、緊張。

いや、屍であるドラウグルに、本来は緊張など無い。
敵に囲まれ
だが、それを表すならば、緊張と言う他は無く、そしてそれには畏怖も綯い混ぜられた。
男から放たれる竜の波動に、ドラゴンの小姓たるドラウグルはそれを感じられずにはいられなかったのだ。
それでもなお果敢に挑むのは、勇気と受け取るか無謀と謗るか。
切捨て
一閃のもとに葬られる、ドラウグル達。
男の胸の内には、慈悲も憐憫もない。
立ちはだかるものは、全て排するのみ。
また切り捨て
思考するよりも先に、男の肉体は剣を振るう。
屍を死においやる熱き炎よりも、闘志は猛り滾る。
もはや単なる加虐とも言えるほど、一方的だった。

そして―――驚くべきことに。
 「―――ヅ!」
まさかの事態
とある一体のドラウグルが呻きと共に、なんと逃亡を計ったではないか。
その身が滅ぶまで戦うべし、を是にして課せられたドラウグルにとってそれは有り得ぬ事であった。
 『逃げるなぁ!』
心情がそのまま声となり、音となったその時には――――
容赦なき一刀
ドラウグルは背を叩き斬られ、その怒涛の一刀の勢いに乗せられ無様なまでに階段を転がり落ちて行った。
炎に包まれ、無残に。
それに一瞥くれる事もなく、場を一掃したのを確認し、古代ノルドの仕掛けをすぐに解いて進む。
仕掛けを抜け
通路を抜けると、男は狭い一室に出た。
部屋の中央にはドラウグルを梱包するための亜麻で作られた布生地が転がっており、そして……
 「やれ!」
号令
そこには、指揮官の如き毅然とした態度の、ドラウグルが一体。
号令の声と共に、部屋の壁側に立て掛けられた棺からドラウグル達が姿を表す。

先程までのドラウグル達のような呻き声とは違い、はっきり言語として聞き取れた号令の声。
―――だからこそ。
 『やってみろぉ!!』
怒気にまみれ
男は業炎の如き激情に塗れ、吠えた。
―――剣撃が舞う。
そしてそれは瞬く間に。
瞬く間に葬り
屍を、あるべき場所に帰し―――
男はゆらりと幽鬼の如く、進む。

苛烈。

男の肉体は、自ら課した通りに回帰していた。
かつて、死を司っていた己に。
男の精神は、意思とは裏腹に焦慮していた。
竜の眼からの鼓吹による、かつてない昂りに。

眼窩の奥から猛き熱を感じる。
脳の中心に宿った火が、チリチリと弾けているかのような錯覚。
それは四肢の末端にまで広がる。
蜘蛛の群
しばらく進むと……粘ついた蜘蛛の糸がそこかしこにある事に気付いた。
この通路は巨大な蜘蛛達の住処となっているようだった。
そして―――主達は、姿を見せる。
久しき敵意
チキチキと顎を鳴らす、蜘蛛の群。
野に生きる者達からの、久しき敵意。
一瞬違和感を覚えたが、本来はこれこそがあるべき形。
人間と野生動物は、基本的に敵対し合うもの。
焦燥と衝動と
男は瞋恚の衝動に包まれた。
同時に、かつて傍らに居た少女、ベリー・ベリーが居ない事を僅かに寂しく思った。

だが、それだけだった。

やらねばやられる。

心では二の足を踏みつつも、肉体は戦いに躍らせている。
躊躇いつつ
吸い込まれていくかのように剣の刃が、蜘蛛へと叩きこまれた。
蜘蛛が毒液を吐き散らすよりも先に。
粘液を纏う糸を吐き出すよりも先に。
確かな膂力を宿した前脚を振り上げるよりも先に。
屠り
蜘蛛独自の緑色の鮮血を撒き散らしながらの、絶命。
その身を包む毒気を孕んだ体毛の焦げる匂いに眉を顰める事もなく、男はそれらを足蹴にしつつ進む。

―――

奇妙な石彫りの壁画の描かれた通路を抜けると、大きく開けた場所に出た。
そこには壁
そして、その先に待ち受ける巨大な壁。
奇妙な形をしたそれには仰々しい浮き彫りの装飾と、その下に無数の刻印が記されていた。
奇妙な
男の脳裏に、ふと過ぎる。

パーサーナックスが座していた岩場にも、これと似たようなものがあった。
もしかしたらドラゴンに携わる『何か』なのかも知れない。

だがこれについて夢想する遑(いとま)はない。

爪先に感じられる微かな風の流れ。
男はこの遺跡の出口が近い事を確信し、再び足を動かす。

出口

―――壁の置かれた部屋から僅かに進んだ先に、両開きの大きな扉が一つ。
そこから溢れる冷気。

―――出口。

確信を持った男は、その扉を乱暴に蹴り開けた。



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