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 五章 【名】
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タムリエル一の霊峰に座す、ハイフロスガー。

厳しくも美しき
そこより更に高きに座す、もっとも空に近しい場。

通称、世界のノド。
晴天のもと、眩しき白と澄みし蒼に彩られた地。


――――――


 「最近よく会うな……だが、それを悪いとは思わぬ。歓迎しよう」
盲目の老竜
威厳を備えた声で、客人を迎え入れるのは老竜パーサーナックス。
 「ほう、これが噂に聞く『賢者』……そしてまたの名を、『導く者』か」
興味津々、と言った様子で揚々とするのは、赤き鱗の竜、オダハヴィーング。
賢者アリア
 「何度もごめんなさいね。あなたの瞑想の邪魔をするつもりは無いのだけれど……」
どこかばつが悪そうに、そして言い訳にも似た口ぶりで話すのは、賢者アリア。
 「でも、この子がどうしてもって言うから、ね?」
そう続けて、ちらと己の隣を一瞥。

 「おお……これは……心地よい温もりを感じる……そうか……見えるぞ。眼を失った我にも、お前の姿が……魂の光がはっきりと……」

パーサーナックスの口から、思わず感嘆の声が溢れ出た。
―――そこには。
ドラゴンボーン、邂逅
そう。
ドラゴンボーン。
そして、キナレスにも愛されし魂の持ち主。

 「ふぅむ、この小さな娘が今代のドラゴンボーンか。パーサーナックスよ、貴様の巣に来てからと言うものの、色々と関心が尽きぬわ」
首を伸ばし
オダハヴィーングはヌウ、と首を伸ばし、またも興味が津々と言った様相であった。
高揚し、嬉々とする赤き竜を尻目に―――
 「はじめまして、ドラゴンのおじいちゃん! 私の名前はベリー・ベリーです! ベリーって呼んでくださいねぇ」
ごあいさつ
人間に好意的なドラゴンが現実に居る、という事に、胸の高まりを抑えきれない、ベリー・ベリー。
まるでそう、大好きな演劇役者を追い駆ける娘のような。
純粋で、真っ直ぐな瞳であった。
そして、そんなベリー・ベリーを見て―――いや、正確に言えば見えないのだが、それでも老竜には目の前の少女の姿がはっきりと見えていた。
 「そのような俗な呼ばれ方は長きに渡る星霜の中でも初めてだ……我はパーサーナックス。声を説くものにして、お前の師、アリアと共に理(ことわり)を求むるものぞ」
 「わぁ~、本当に先生のお友達なんですねぇ~」
はしゃぐベリー・ベリー。
 「ええ。先代のドラゴンボーン……あなたと同じような力を持った人が居たんだけど、その人とも仲良しよ?」
なんとも困った様子のアリア。
 「仲良し……友達、か。そのような概念は我々ドラゴンには無いが……そうだな。人間達の言葉で表せば『友人』だったのかも知れぬ」
新しいドラゴンボーンとの邂逅に心を躍らせるパーサーナックス。
そして……。
挨拶を
 「……我はオダハヴィーング。雪をほぐ狩人にして赤き炎の羽よ」
横から窺うようにして、こっそりと、そしてしれっと己の名を名乗るオダハヴィーング。

 「して、何用だ? 幼きドラゴンボーンよ。この邂逅は我にとって喜ばしい事だが、このような辺鄙な場に来たからには相応の理由も有ろう?」

ドラゴンボーンと声を説きしものとの、顔合わせ、と言う理由ではない。
それは老竜にはよく解っていた。

 「あっ、はいー。えっとですねえ……」




―――

―――――――

  ――――以下、ベリー・ベリーの視点へ。





ぽろん。
ぽろん。

きれいな、音。
それがなんていう曲なのか、解らない。
でも、きれいなものはきれいで、心が気持ち良くなるものは、心が喜んでいるということなのだ。
美しき音色
野太く、あちこちに古い傷でささくれだっている指。
それなのに、よくあんなに細い糸を弾けるなぁ、と感心する。
今弾いてくれてる曲は、眠れないときに弾いてもらった曲、だと思う。

聞き入る
おじさんが言うには、リュートを弾くのも好きだし聞かせるのも好き、との事。
しかし、自分はそれを全然聞かせてもらってない。
アリア先生を探す事が目的だったし、旅の最中はいつも夢中だったから、リュートを弾くような暇がなかったのかも知れない。

それに、リュートを弾こうとしたとしても、たぶんおじさんはこう考えていたと思う。
一生懸命先生を探して、なかなか見つからないのに、のんきに音楽なんか聞きたくない……って、私が思うんじゃないか、なんて。
じい、っと
……おじさんは、そういう人だ。
そんな事思ったりしないのに、ヘンに気を遣う。
なんというか、すごく不思議な人だって思う。
テントをてきぱきと組み立てたり、風を見て天気を予報したり、悪いゾクの気配をぴんと察したり、すごく強いのになるべく戦いたくなかったり、色んな人とすぐに仲良くなれたり、リュートを器用に弾けたりするのに。

なんでも出来るのに、変なところで不器用。
でも、そんな所が面白い。


―――ぽろろんっ。
名残を惜しむような音と一緒に、曲は終わった。
ぱちぱちぱち。
賞賛の声
おじさんへの拍手。
きれいな音楽を聞かせてくれたおじさんへの、ありがとうの印。
 『ご清聴感謝。お粗末さまでした』
笑顔
そういったおじさんの顔は、とても優しいものだった。
でも―――
 「ごせーちょー?」
つい、聞き慣れない言葉に対して首を傾げてしまう。
ダメだなぁ、と自分でも思う。
まずは、おじさんの音楽に対する感想を言わなきゃいけないのに、つい言葉が先走ってしまう。
 『……聞いてくれて、ありがとう』
 「いえいえ~こちらこそぉ」
おしゃま
呆れずに解り易い言葉で、しっかりと言い直してくれる。
このやりとりが、すごく好きだ。
なんというか、とても楽しい。
 「私も、音楽できたら良いなぁ~」
考えもなしに、思った事から口から漏れる。
魔法と同じで、そんなにぽんぽん出来るものじゃないなんて少し考えれば解る事なのに。
それでも、おじさんは―――
 『私で良かったら、喜んで教えるよ』
そう。
そう言ってくれる。
 「ほんとですかぁ? やったぁ!」
思わずはしゃいでしまう私の姿を見て、おじさんは少し寂しそうに笑った。
リュートを横に置いて、天井のほうへと顔を上げている。
考え事をしているんだろう。
追憶
 「? どうしたんですかぁ?」
何気なく、聞いてみる。
 『いや……』
おじさんは大きく息を吸い込んでから。答えてくれた。
 『私も、父にリュートを教えてくれるよう、せがんだ事を思い出してね……懐かしいものだ』
馬車の中で話してくれた、殺されちゃったっていう、おじさんのお父さんの話だ。
けど、おじさんの様子からして悲しんでいるわけじゃなさそうだった。

 『ふと、思ったんだ……ベリー、もしキミのお父さんになるのだとしたら、私の父から教わったリュートがまた子へと受け継がれるのだろうか、とね』

優しい目。
柔らかい声。

 『そんな事、考えもしなかった……私は恋こそしたが、誰かと一緒になる事など考えなかった。ましてや自分に子供が、と言う事もね。自分の中にあるものを誰かに受け継いでもらうだなんて、考えた事が無かったんだ』

こういうしっとりとした口調で語るおじさんは、とても不思議な空気を生み出す。
安らぎ、と言うものをすごく身近に感じられるような。

 『そう……自由気ままな冒険者ではなく、何処かの女性と愛情を交わし、結婚して、子を授かり……退屈ながらも幸せな……』


がっ
 「ダメですぅ!!」

びっくり
 『おお!?』

いきなりの私の大声にびっくりしたのか、おじさんは慌てて転びそうになってた。
……あれ?
なんで叫んじゃったんだろう?

 『な、何がだい?』
ぐわわっ
 「ダメなものはダメなんですぅ!!」

感情が言葉になる。
なにがダメなのかよく解らないけど、とにかくダメだと言いたかった。
そう、ダメなんだと伝えたかった。

姿勢を直したおじさんは、子供に言い聞かせるような口調で、
 『何がダメなんだい? 私の昔話が、かな? それとも、陰気臭い私の言葉にかな?』
理屈じゃない
ゆっくりと、私が急に怒った理由を問う。
 「……むぅー……」
唇を尖らせ、答えない。
いや、答えられない。
自分でも解らないんだから、答えようが無い。
でも、それを知られるのは……なんだか、ちょっと癪だった。
別に弱みを見せたくないとか、恥ずかしいとか、そんなんじゃなくて……。
それも、言えなかった。

私達はしばらく、無言になってしまう。


すると、おじさんは急に、不思議な顔になった。
……??
凄く寂しそうな。
残念そうな。
悲しいような、けれども優しい。
もう何も言わなくていいんだよ、と言いたげな眼だった。
 「むぅ……」
むぅ
もし自分の心の中が読まれていたとしても、別に悔しくはない。
おじさんに比べたら、私なんて子供だから。

でも、これだけは解る。

視線の先
今のおじさんは、私を見ていない。
もっともっと先の、『何か』を見つめている。

おじさんが考え事をしているときに、する顔。
そして、この顔をする時のおじさんは、何を考えているかまったく解らない。

大人って、ずるい。
もっと、口に出してくれて良いのに。


 ―――――――――

   ――――

  ―――また伝承へ。



 「ドラゴンボーンよ、お前は今何を言っているのか解っているのか?」
意志
老竜から降り注ぐ疑念……アリアはこの光景に既視感を覚えながらも、ベリー・ベリーを見守る。
ベリー・ベリーは、老竜に対して純粋な視線で返す。
 「わかってる、つもりです」
その返答に宿った意志、そして崇高とも言える気高さを感じ取った老竜であったが、その口からはただ現実を語るのみ。

 「それは大いなる徒労であろうぞ……お前の魂からは底知れぬ力を感じるが、それは不可能だ。現世における絶対的な領分というのは侵せぬのだ……それは例え神であろうとも」

老竜パーサーナックスは、幼子へ諭すように語る。

 「それでも、ドラゴンのおじいちゃんはそれを信じてないんでしょう? だからその眼を渡したんでしょう?」
なお
傍らに佇むアリアは、ただじっと我が子を見続けていた。
その温かい視線を感じられぬほど、熱の篭った弁を説くベリー・ベリー。
 「私もそれを信じてません。だからきっと私にもそういった……摂理に反する事が出来ると思うんです」
いつもとは違う凛とした口調。

――――間延びしないように努めているのか、それとも元々こうやって話せるのか。
―――それとも、しばらく見ない間にそれが出来る様になったのか。
――親としては成長を嬉しく思う反面、寂しさもあった。
そう、アリアの胸中に去来する。

 「お前は……神に祝福された存在でありながら摂理を信じないと言うのか」
 「それを、人間はこう言います。『奇跡』、って」
 「奇跡……またしても我等にはない概念か……理解が追いつかぬ」
追い風
 「はっはっはっ、パーサーナックスよ。実に面白いとは思わんか? もしもそれが適えば、人間達の想いこそがこの世の理(ことわり)を超越すると言う何よりの証ではないか!」
ベリー・ベリーの言葉に追い風を送るのは、オダハヴィーング。
 「定命の者であった『タロス』が神となったように! 我等が父祖アカトシュが、子であるアルドゥインの暴挙を見過ごすように! 何が起こるか解らぬからこそ、世は愉快なのだろうよ!」
からからと笑うオダハヴィーングに対し、パーサーナックスは眉を顰(ひそ)めた。
そして―――
 「ならば……オダハヴィーング、責任は貴様が取れ。我は盲目の老竜、よもや力にはなれん」
呆れたような物言いで、会話を閉めた。
 「よかろう! もしも不埒な連中が来ようものならば、我が露を払おうとも! ドラゴンボーンよ、遠慮はいらんぞ!」
オダハヴィーングは実に人間味のある様で、にやりと口の端を釣り上げる。
 「ありがとうございます、えっと……ゆきほぐかりゅうどあかほのおはね、さん」
ベリー・ベリーはオダハヴィーングに一礼し、すぐに踵を返す。

見守りながら
 「……名はそちらではない、オダハヴィーングのほうだ」
 「ふふっ」
オダハヴィーングの小さな呟きに、思わずアリアが吹き出した。


―――その背を、見守る四つの眼。

その背を

ゆっくりと、一歩一歩。
さくさくと雪を踏みしめ、進む。

そして。
スカイリムを一望できる、その場。

―――天を仰ぎ。
深呼吸
――深呼吸。

 「パーサーナックスよ……今の我は、人間に貴様の眼を渡した事を愚かに思わぬ」
ベリー・ベリーの小さな背中を見つめながら、オダハヴィーングが呟いた。
緊張の
 「そうか……もとより、感情のままに振舞う事とは、時と共に愚昧さが滲み出るものだが……我は『すべき事』をしたと思っている」
パーサーナックスもまたそれに対し、かぼそい声で返した。


――――集中。
研ぎ澄まされる精神

そして―――



檄!

激しき!

破

空気の―――震動!

衝

それは――――波紋のように広がった。

咆

そして――――響き渡った。

切れ

蒼天の空に――――吸い込まれていくかのように。

終

やがて――――収まった。

収

 「なんという『声』の力だ……! 声の道を進まずしてここまでの……!」
瞠若せしはパーサーナックス。

 「なんてったって、私の弟子ですもの、ね?」
それを自慢げに語るは、アリア。

 「ふっはっはっ! 愉快だな! 今の『声』を聞いて他のドラゴン達が慌てふためく様が目に浮かぶぞ! 間違いなくきゃつ等は此処へ確認に来るぞ?」
オダハヴィーングのけたたましいまでの大笑。

それらを背に受けながら――――ベリー・ベリーは、空を見つめていた。
遥か遥か、更に遥けき場にいる者の事を思いながら。

想い
 「届いたかなぁ……私の声」


―――――――――――


――――






 ―――――






邪竜アルドゥインは、眼を見張る。
もしや、まさか、と。

……

そして、それは気のせいでも錯覚でもなく。

 「なんだと……?」

確かに、動き……そして、立ち上がったではないか。
………!
闘志も潰え。
肉体は痛みに軋み。
精神は打ちひしがれ。
その牙、心と共に折れ朽ちたと思われた、男が。

 「……まだ立つか、人間よ。それともわざわざ我に喰われるが為に進み出たか?」
………!?
おぼつかぬ足取り。
四肢は震え。
体幹は揺らめき。
頭部は項垂(うなだ)れながら。
…………
 『……違う』
男はただぽつりと呟いただけだった。
だがしかし、その声は邪竜アルドゥインの耳にはしっかりと音として捉えられていた。
 「ほう……? 見上げたものだな、人間よ。もはや満身創痍たるその全てを以ってして、なお立ち塞がるか」
…………!!
 『違う!』
怒号。
そして、駆ける。
降り注ぐ火球をその身に受けるのも厭わず。
 「何が違うというのだ! 要領を得ぬな、人間よ! よもや恐怖でその精神が壊れたか!?」
…………!
 『違う!!』

 「かしましきものよな!! 何が言いたいのだ、人間よ!!」

………!!!

 『人間ではない!!』

咆哮の応酬。


 『私は……私の名は……ッ!!』




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晴れやか

 「……『ジードさん』って……」





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!!!!!
 『ジードだ!!!』


 ――――

……『声』が、聞こえた。
耳にではない。
その魂に。
心に。

愛しく、懐かしい声が。
そう、無謀でしかないこの闘いに身を投じようと考えに至った、どうしても護りたい者の『声』が。
自らを犠牲にしても構わないと思える程の、者の『声』が。

  ――――――

!!!!!!
男が、吠えた。

それと同時に、足元から影が這い寄る。
!!
男の肉体が黒き波動に包まれてゆき、そしてそれは艶かしく、そして怖気の立つような、うねりと蠢きを見せた。

影のような、されど水のような。
奇妙なものに包(くるま)れ、全身が隠れると……
 『お、おおぉ……』
!!!
―――呻き。

苦悶か?

―――否。

胎動。

そして―――誕生。
!?

―――影が、引いてゆく。

星霜の運命に記されぬ、新たな、竜―――
竜


愛するもののために闘うと決め、力を得た男が、居た。

愛するもののために、全てを捨てた男が、居た。


その男の名は―――



終幕への

 ――― 『ジード』 ―――





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 四章 【神の最高傑作】   ■■■   六章 【竜達の叙事詩