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 六章 【竜達の叙事詩
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人の型をした、ドラゴン。
そう言い表す他は、無かった。

 「微かに残った人間の魂が、消えただと……? こざかしい、人間風情が『竜』を騙るか!」

星霜に無き
怒気を交えた咆哮が、響く。
大気を揺るがすほどの轟音とも言えるその声量に、ジードが怯む事は無い。
力の宿らぬ声に、物怖じはしない。
いや―――
例え、力の宿った声だったとしても―――
ジードは、怯まないだろう。

気圧される事なく、その言葉に対して負けじと強い口調で返す。

 『魂の匂いを感じる……声が聞こえる! 貴様に喰われた英雄たちの!』
 「なんだと?」
 『貴様に屈さぬ英傑達の魂がッ!! 私に教えてくれる!!』

ジードは飛翔し、アルドゥインのもとへと向かう。
すかさず力の宿った『声』にて、先程と同様に押し返そうとするが――

新竜の眼
ジードの翼は、更なる早さを得ていた。

声よりも早く。

火球よりも速く。

そして―――

ジードの目に飛び込んできたのは、アルドゥインの身体に生えた、赤い水晶の柱。
新竜の更なる早さ
魂を喰らい、力をつける邪竜。
それを阻止すべく挑んだ英雄達が居た。
ソブンガルデの古き英雄達。
邪竜アルドゥインを討たんと立ちはだかった英雄が居た。
ドラゴンボーン。

それらの強靭で高潔な魂達が、嘆いていた。
喰われ、飲み込まれてもなお。
英雄達は、抗っていた。
その魂奪われようとも、ただでは支配はされぬと―――
声無き魂達の悲鳴が―――
邪竜の身体より、聞こえてきていたのだ。

そう―――

『声』
巨躯……黒き鱗の上に着地したジードは、背中のトゲに紛れた赤い水晶柱の前に立つ。

 ―=『力』の源を、討て!=― と。

焼き

ジードがその『牙』を振るう。
業火、とも言うほどの炎の波が、その赤い水晶柱を、砕いた。

 「グオォォッ!!」
悲痛
悲痛とも受け取れる声が、ソブンガルデの空に木霊(こだま)する。

―――邪竜アルドゥインの背に生えた、赤き水晶の柱。
―――それは、今までアルドゥインに喰われた英雄達の抗った証。
―――その魂を賭して、邪なる力の一部を吸い上げて外に出す事により、『弱点』を作りだした。

 『聞こえまい、貴様には……!』
見える
 「貴様ァッ! 何をしている!?」
空に降りしきる火球。
背に移ったジードを落とさんと注がれるが、それらを掻い潜る。
そして、またしても赤き水晶の柱の前に立ち、『牙』を構えた。
解き放つ

 ―=頼む! こいつを……アルドゥインを討ってくれ!=―

悲壮に塗れた魂の声が、聞こえた。

 『解っている……』

無念に呼応するかのように、それへと『牙』を振り下ろす。
その魂
 「ぐ、おおおっ!」

一瞬だが、アルドゥインの身体が蠢いた。
痛みによるものか、はたまた想像の及ばぬ何かに寄るものなのかは解らないが―――

 『貴様に喰われた英雄達の憤りが!!』
火球は

 ―=こっちだ=―

ジードの耳……いや、魂には、はっきりとそれが聞こえた。
自身を呼ぶ声。
魂の解放を待ち望む者達の、慟哭(どうこく)にも似た声が。

また飛翔。
空を舞うアルドゥインの速度に追いつきながら、その声の発信源へと。

解放の徒
アルドゥインは、その背に生えた赤き水晶の柱の事を知らないのだろうか。
そして何故、己にも今まで見えなかったのか。
ジードはふと疑問に思った。
完全なるドラゴンとしての力を得たからこそ、見えるようになったのか。
それとも、ドラゴンでありながらも人間であるからこそ、見えるのだろうか。
物思うところではあったが―――
そして
今のジードにとっては、栓無き事に違いない。

 ―=頼むぞ……=―

 『貴様に喰われた魂達の、無念がッ!!』
また一つと
烈哮。
ジードの身体の中には、魂達の無念と悲鳴が響いていた。

 「お、オオォォォ……!」
悲鳴
悲鳴。
まさにそうとしか言いようの無いものだった。

――アルドゥインが、悲鳴をあげる。

誰もが考えやしなかった、事だった。
想像もしなかった。
『悲鳴』をあげるという事すら、この邪竜という存在は『それをするのか?』と思われる行為だった。

空を翔ける黒き翼は、うねり、蠢く。
そう、解放された魂達によって、その身に宿した『力』が離れてゆくのを感じながら。


―――――

  ――――

 ――

轟音。

地響き。

煙。


天空を翔ける絶対の王者が、地に落ちた。
そう、自らの意思ではなく。
まさしく、降ろされたのだ。

地に堕つ
 「……これ程までの屈辱、いまだかつて味わった事が無いぞ……!」

なんという事か。
このような出来事は、恐らく無かったであろう。
起こり得なかった事だろう。

―――王者が、ドラゴン達の主が、相手を見上げているのだ。

空より
 「人間よ、いや……今の貴様は『竜人』と呼ぶべきか。我が胸に宿る憤怒、よもやその肉体を千に刻んでも飽き足りぬぞ!!」

熱気を孕むアルドゥインの言葉。
人間の口であらば、歯軋りを起こすであろう程の狂おしき瞋恚。
それに含まれるものや、耳にしただけで常人ならば恐怖で意識を手放すかもしれないほど。

舞い降りる
天より舞い降りるジードを、アルドゥインはひた眺める。
翼をまたたかせての軽快な着地がなお、その怒りを煽った。

 「我は、邪竜アルドゥイン……! 破壊の権化……全ての竜の頂点にして絶対の王者なるぞ!!」
怒り
地に落ちたアルドゥインの肉体は、先程天空を翔けていた時に比べてとても縮んでいた。
他のドラゴン達と同じくらいの肉体の大きさに戻っている。
しかし、殺気は段違いに強くなっていた。
身体から陽炎が揺らめいてもおかしくない、と言う程の憤怒の熱気に包まれている。

 「殺してやる……」
再び対峙
その両足にて、地を弾ませながら―――呟いた、その一言。
喰らってやる、ではない。

 「殺してやる!!」
猛り唸りの
王者としての威厳は失せ―――纏った威風を脱ぎ捨て。

憎悪の感情のままに、アルドゥインは叫んだ。

そう、全ての『負』を剥き出しにして。

 「殺してやるぞッ!!!」
開放

―――憤怒の、咆哮。

アルドゥインの雄叫びと共に、広がるのは『死』の波動。
邪竜が備えし、強力無比たる力の波動。

風

凄まじいまでの風が、巻き起こる。
紅と紫の混じったその波動の中、アルドゥインの咆哮はなおも続いていた。

その姿は


そして――――


真の邪竜
光の晴れたその中から現われたのは―――

―――体躯を増し、

―――闇を体現したかのような、真の黒き鱗を備え、

―――艶やかさをも感じさせる鈍い銀色の角と、溢れ出る『死』の力で装飾し、

全てを射すくめる、真紅の双眸。


邪を極めし
 「殺してやる……!! 貴様だけは……!! 魂の欠片も残さず消し去ってくれるッ!!!」


――死を極め、不滅の称号を備えし邪竜アルドゥイン。

――『貪り喰らうもの』の名を冠するものが、『喰らう』事を捨て。

――憤怒と憎悪のまま、その力の全てを曝け出す。

――それは即ち、宿命の一擲(いってき)。



全てを捨てた男と、名を捨てた王者との闘い。

最後の闘いの幕開け



――――最後の闘いの、幕開けである。




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 五章 【名】   ■■■   七章 【魂の劫火】