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  終わらない杞憂
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 「……お前には将来の夢……と言うようなものは、あるか?」

雄々しき声と
精悍な顔立ちをした壮年のハイエルフは、雄々しき声で隣を歩く少年へと窺うように尋ねる。
その声音からは、少年に対しての純粋な質問である事が理解できた。

 『……』
 「……口にするのは憚られるような夢か? それとも、父には言いたくないのか?」

御家
屋敷の庭を歩きながらの、他愛のない会話。
庭と表すには此処はあまりにも広大という事を少年が知ったのは、つい最近だった。

領主の屋敷ともあれば、それは広大で雄大で……そして豪奢であるのは、そうあるべきなのであろう。
それがしかるべき地位と立場にある者に付加する事なのだから。
しかし、かつて在った心安らぐ緑の木々と、心躍らせる彩りの花が、今は極端に少ない。
この広大な庭を、管理をする者が居ないからだった。

雄々しき姿
 「もしくは……まだそういった事を考えた事がないか?」
 『いや……そういうわけじゃあ……』
石畳の上を歩きながら交わされる、親子の会話。
威風を感じさせる父の声に、若干圧倒されるのは、少年にとってはいつもの事。
引き締まった顔で返答を待たれると、訳もなく呼吸が苦しくなってしまいそうになるのだ。
そしてしばらくして――
 『…………』
ぼそり、と小さな声で呟いた。

しばらく歩き、父は少年……息子に、ベンチへと腰掛けるように促した。
語る内容は
 「そうか……植物学者か」
細い声で呟いた少年の、息子のそれを、父はしっかりと聞き取ってくれていたのだ。
 『………怒らない、の?』
恐る恐る尋ねる少年に対し、父は僅かにだが頬を緩ませ、小さく微笑んだ。
 「漠然としていても良い、そういった目標のようなものが在れば充分だ」
貴族たるものがそのようなものを目指すとは何事だ、と叱責されるかと思いきや、父は実に穏やかな様子。
むしろ少年を賞賛し、喜びを含むような物言いであった。
 「剣を握らぬ夢を見ているのならば、私は嬉しく思う」
想いに耽るように宙を見、そして父は言葉を続ける。
 「長く生きれば、剣を振るわねばならない時があるかも知れん……だが、敢えて剣を振るう環境に身を置くべきではない」
ゆっくりと瞼を閉じて、なお言葉は続く。
 「剣によって名誉、平穏が齎(もたら)される事はあるだろう。しかし剣というものは本来、人を慄(おのの)かせ、そして傷付けるために存在するものだ」
 『……』
父の言葉を噛み締めるように少年は俯き、そして口を噤む。
二人はしばし、無言となった。

 「行こう」

時間にして数分であっただろうが、その無言の遑(いとま)はとても長く感じられた。
少年は父に促されるまま、ベンチから腰を上げた。

―――

父の足が、止まる。
少年もそれに倣い、足を止めた。
並ぶ墓石
……庭の一角に設けられた、墓所。
かつてこの屋敷に仕えていた者達の、墓だ。

 「クオーラ……ナウジ……オブバル……その他にも数多くの者達がこの世を去った」

父が呟く其れは、此処に眠る者達の名。

 「私は、皆を忘れぬ」

この墓に眠る物達は、不慮の事故で失われた命ではない。
誓い
 「エルヴァンス、お前も忘れないでやってくれ。戦と言う大きな渦に飲まれてしまった、彼等の悲しき最期を」
父の、凛とした、雄々しい声。
いつもと変わらない、威厳に満ちた声。
そこから僅かに含まれた悲哀を感じ取れたのは、やはり少年が父の息子だからだろう。

 「……そして、お前と母を不幸にする愚かな父を……怨め」

雄々しき背中

そう言って去る父の背を、少年はただ見つめるだけだった。


―――――――

  ――――

     ――――――


 「明目(めいもく)なき者はその眼(まなこ)に焼きつけよ! 知恵なき者は我が声をその耳に住まわせよ!」
罵声混じりの
空気を震わせるかのような、大音量の声が響き渡る。

 「今日この場での出来事を!!」

処刑人が隣に

 「我等サルモールに歯向かった、大いなる愚か者の事を!!」



宣告

 「フン、同族のよしみだ。ロブティウス伯、最期に言い残す事は無いか?」


叫ぶのは
 「……私は、現アルドメリ・ドミニオンの在り方……サルモール連合政府のやり方について、言及してきた。己の地位や権力と言うものを踏まえ、理性的に、道徳的に、刃を交えない方法で」


 間に合え

  ―― やめろ! やめてくれ!! ――


再確認
 「しかし、結果はこうだ。私は同族であるアルトマー……ハイエルフ種であるにも関わらず、高貴な種族たる資格が無いとサルモールより一方的に通知され、処される事となった……これで皆は再確認できたであろう」


叫んでいるのに――

 ―― お願いだ、やめてくれーーー!! ――


未来への憂い
 「これがサルモール連合政府だ。意にそぐわなければ例え同種であれど容赦はしない。彼等の言う選ばれし種族というのは、ハイエルフを差すのではない。サルモールに属しているか否かだ!」

振り上げられる

 「処刑人……構えろ」

見物人

 「ここに予言しよう、サルモール連合政府は近いうちに淘汰される。それは人知の及ばぬものによって!」

新しき血糊が

 「首を刎ねろ!」

悲痛な声

 ―― 嫌だぁぁぁーーー!! ――

狂おしき金属が

 「この諍いを見かねた、第三者によって滅びの憂いを味わうであろう!」

らんらんと

 「その時に彼等は、そして我等も思い知るだろう。人も、エルフも、等しいものであると―――」



    ダンッ



 「さあ、とくと見よ!」

高らかに

 「これが摂理! これが真理! これが不逞な者への公平な裁きである!」



悲しみの


 ―― ああ……うわああぁぁーーーー!!! ――



むごたらしく

 「サルモールを畏怖せよ! 平伏せよ! そして賞賛せよ!! 支配される喜びに身を震わせよ!!」












――――

  ―――

 ――――――



―――い


  おい。


おい!


うつらうつら

 『う……うーん……』
 「おいッ!!!」

頭が熱くて、重い。
にも関わらず、指先と爪先は冷たい。
加えて臀部が痛いのは、長い時間固い所に腰を降ろしていたからだろう。

 『夢、か……』

またあの時の……父が、処刑される時の夢を見た。

―――夢に出てくる己は、決まって今の己。
―――叫べど、走れど、それは止まらない。
―――己の慟哭が帝都の空に響き、石の壁にて、こだまする……。

叱責の声が
 「なぁ~に眠りこけてやがるんだよ、ったく」
悪夢から覚めた不快な心など露知らず、頭上から注がれる声は怒気を孕んだものだった。
聞きなれたものであるそれの主へと、緩慢な動作で顔を上げる。
声の主
 『レフィー、さん……?』
寝惚け眼で頭が回らないながらも、声の主を確認するかのように名を呼ぶと、眼前の女性は呆れながらの溜息を一つ。
 「れふぃーさん? じゃないっての。寝ぼけた声出しやがってからに……ホラ、怠けてんじゃないよ」
爪先を軽く蹴られ、青年……エルヴァンスは、急いで身を正した。

子供のように
 『す、すみません! そ、その……つい、眠気が抑えられず……!』
バツが悪そうに頭を掻きながら言い訳を並べる。
慌てふためくエルヴァンスに、更なる溜息を一つ。
 「別にアタシゃーアンタの上官でも何でも無いし、言い訳並べられても困るんだがねェ」
おちゃらけたように
何やってんだい、とでも言いたげに両腕を大きく広げ、首を傾げる。
 「サンディから、アンタが帰ってきたって聞いたからサ。ちょいとばっかし、様子を見に来ただけだよ。ま、帰って早々に休みも無く見張り番となりゃー眠っちまうのも仕方ないとは思うけれど、さ」
眠りこけていたエルヴァンスへの、レフィーなりのフォローの言葉が連ねられる。
 「だからこそ、周りの兵士連中もそっとしといたんだろうからねェ……とはいえ、さ。それに甘えっぱなしも如何なもんかね?」
 『……返す言葉もないです』
目を伏せながら呟くエルヴァンスの様子は、まるで親に叱られている子供のようだった。

――――

 「しっかし……そのナマクラ、なんでまた腰にするようになったんさ?」
夜空の下で
レフィーが指す、鈍ら、とはエルヴァンスが腰に着けている剣の事だった。
 『切れ味は悪いですけど……凄く頑丈なんですよ。だから戦場で何回剣を受け止めても、折れも曲がりもしないんです』
 「形見の剣……なんだっけか。そーいったモンは使わないで大切にするもんだと思うんだがねェ……アンタの考えはアタシにゃよく解らんよ」
欄干に腰掛けたレフィーは、また溜息を一つついた。
 「それに、ナマクラで斬られた傷ってのは歪だから痛いんだよ? アンタ、それ解っててわざとやってんのかい?」
語り合う内容とは
 『あ、いや……』
投げられた言葉に、エルヴァンスは口篭る。
そして返答が来る前に、更にレフィーは言葉を続けた。
 「前にも言ったけどさ、もう一回言うよ? 次の戦場に行く前に、アタシの所に来な。そこそこに頑丈で、そこそこに斬れる剣を用意してやるからさ」
にい、と悪戯小僧が浮かべるような微笑を、エルヴァンスに見せる。
それに対して微笑ましいと思い至れるほど、青年は円熟した心の持ち主ではなかった。
 『……レフィーさん。気持ちは嬉しいんですが、僕にはこの剣で充分なんですよ……』
一拍の間を置き、
唸り困る
 『そう、これで……充分なんですよ……』
反芻(はんすう)するかのように、言葉を並べた。
 「んん~~………」
エルヴァンスの言葉の節々から感じられる、不貞腐れた心情。
それに対してもどかしさを感じ、レフィーは唸る。
 「なんだかなぁ……わっかんないわぁー」
頭を抱えながら呟いたその一言に、エルヴァンスは目を瞬(しばた)かせる。
レフィーが煩悶する様を疑問に思い、首を傾げていた。
 「アンタだけだよ。何回もアタシが『剣を打ってやる』って言っても断る兵士は、さ」
そう呟くと、ふわりと身軽な動作で欄干から降りる。

 『僕は……今のままでいいんです……』
頭上に星雲
夜も深まり、空には眩しいほどの星が煌いていた。
 「今のまま、ねぇ……」
呆れた、と言いたげな様子で、レフィーはまた大きな溜息を一つ。
 「アタシとしちゃあ、戦争が早く終わって欲しくて仕方がないんだがねェ。まあ、そうなったらただの鍛冶職人として鍋とかヤカンとか包丁とかだけ作る環境になっちまうだろうが、さ」
ぽつりと零した其れを拾う、エルヴァンス。
 『……レフィーさんは、帝国とストームクローク、どっちが戦争に勝って欲しいと思いますか?』
その言葉を言い終えたと同時にエルヴァンスの左肩へと、レフィーの拳が飛んでくる。
軽く振るわれたものだったので痛みは無かったが、衝撃は充分身体に響くものだった。
レフィーはそのまま踵を巡らせ、エルヴァンスに背を向ける。

一言
 「余計なこと考えてんじゃないよ、取り合えず生き残る事だけを考えな。そんじゃね」
そう言い、背を向けたまま手を振って、街の入り口の方へと歩いていった。
エルヴァンスは気の利いた言葉も返せずに、ただその背中が見えなくなるまで視線を離せなかった。

物思う
 『………』

青年、エルヴァンスは物思う。

インペリアルとハイエルフのハーフである自分は、この戦争においてどう在るべきなのだろうかと。

ハイエルフ至上主義を掲げるサルモール。
そのサルモールに虐げられる、帝都に住まう多くのインペリアル。
サルモールを打倒せんと奮起する、スカイリムのノルド……いや、ストームクローク。
そのストームクロークから『腰抜け』と称される、帝国に属する者達。

しかし同時に、たかが自分ごときが大局を見て何を憂うのか……とも思う。

この場は
そう。
自分と同じ、または似たような環境の者は、沢山居る。
居るはずなのだ。
だから、自分だけがさぞ特別であるかのような思考は、なんとおこがましいのだろうと至る。

新たに作られた

そういった戦での事を考えるのは、身分が高く、しかるべき地位に居る人達の仕事なのだ。
塵芥(ちりあくた)である己は、ただ今を生きるだけ。
生きるも死ぬも、その沙汰は神のみぞ知る。

ソリチュードの見張り場

上を見上げると、赤き月、マッサーが笑っているかのように見えた。
この地に佇む小さき一人の青年の滑稽な様を見て、さぞ愉快に、と。