【3】



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  瘋癲(ふうてん)の立場
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 「斥候からの報告によると、ストームクロークの新たな野営地が展開されていたそうだ」

粘つく声音でもないのに耳に残るように感じるのは奇妙なものだ。
とあるハイエルフ……サルモールの一人である男性が放った言葉に対し、その場にいる一同は腕を組んで思案に耽ったり、溜息をこぼしたり、はたまた鼻で笑ったりと、多様。
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ソリチュードの「ドール城」と「神々の聖堂」との間に設けられし一角。
サルモール本部。
本部、と言うのも名前だけで、サルモール関係者の大半は此処とは別の場所に置かれた大使館のほうに身を置いており、ソリチュードには派遣という形で来ている者が大多数である。

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 「場所は?」
狭い室内に凛とした声が響く。
緊張も交えたそれに対し、返ってくる声音は怠惰が含まれるかのようなものだった。
 「ハーフィンガル。あの小さな村……ドラゴンブリッジだったか? あの近辺との事だ」
 「ソリチュードの膝元じゃないの」
眉をひそめながら言葉を返した女性……『セレスティア』は腕を組んだまま奥歯を噛み締める。
その視線の先、テーブルの上にはスカイリムを描いた地図が置かれ、今現在の領有を示す赤と青の小さな旗が各地に刺されていた。
赤は、帝国の領有地、青はストームクロークの領有地、と言うように。
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隣に立つサルモール……司法高官の立場を表すローブに身を包んだ男性は、居直るかのように襟を正してから大きなため息をこぼした。
 「たかが野営地ごとき、気にする必要はないだろう?」
唾棄すべき案件だろう、とでも言いたげな様子だ。
 「セレスティア殿は相変わらずでおられるな、ハハハ」
それに同調するのは、先ほどのサルモール同様に司法高官のローブに身を包んだ、別の男性だ。
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 「しかし、ドラゴンブリッジに屯在している連中は何をしているのやら……呆れたものだな」
エルフの鎧に身を包んだ女性の兵士が腰に手を当て、吐き捨てた。
 「野営地にいる敵兵の数は?」
セレスティアは、眉をしかめながらも状況の確認を続ける。
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 「八名ほど、と報告には上がっている。だがそれを聞いてどうする?」
女性兵士の言葉に、セレスティアの眉間が少し震えるのが見えた。
指先も微(かす)かに震えている。
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 「領内に敵戦力が潜んだ、そしてそれを発見した……ここから先を言葉にさせるの?」
口にするのも馬鹿らしい、という部分が含まれたものであったが―――その言葉に、一同は沈黙。
しんと静まり返った室内。

――やがては小さな失笑に始まり、大きな笑い声へとなり果てる。
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この場にいるサルモール一同が皆、侮蔑を思わせるかのような表情を浮かべていた。
 「相変わらず仕事熱心なことですな、セレスティア殿。いやはや我々も見習わないといけませんね」
 「まったくだ、凡そアルトマーらしからぬ武人気質であられるな」
愉快痛快とけらけら笑う面々に対し返す、セレスティアの視線は鋭く、そして冷たい。
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 「……次に続く言葉は何? 野蛮なノルドの対処など帝国軍に任せておけばよい、かしら? それとも我々サルモールにとっては関係のないことだ、かしら?」
一同の笑い声が、収まる。
 「貴方達のその傲慢と言うに相応しい余裕はどこから出てくるのかしらね? このあいだも自治領から派遣された司法高官が、安全と思っていたリーチの街道を闊歩していた所を襲撃されて全員殺害されたばかりだと言うのに」
一同の表情が、凍り付く。
 「ハイエルフとしての優位性とやらを信奉するのは結構……。でもね、剣を刺されたら血を流して死ぬ。火炎で焼き尽くされたら熱に悶えて死ぬ。これらがハイエルフには起こらないとでも言うの? 死は、等しいのよ。自分が死なないとでも思ってる貴方達には解らないでしょうけどね」
隣に立つ男が歯噛みしているのも露知らず、それでもなお熱の入ったセレスティアの言葉は止まらなかった。
 「死を恐れない気質を備えたノルド達と対峙した時に、腕が落とされようとも目が潰されようとも、恐怖を抱かずに戦い続けられるの? 向かい合った敵対者同士の間には、種族としての優位性なんて無い。『等しい』のよ?」

――沈黙。
しばらくして、歯噛みしていた男が冷笑を浮かべた。
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 「そのための帝国軍であり、兵士でしょう? セレスティア殿。何も我等が表立って戦う必要はないわけで」
その言葉を皮切りに、同調の言葉が連ねられる。
 「その通り。高貴なる我々の血が流れる事はあってはならぬことでしょう」
 「我々は人々を導くために選ばれし種であり、野蛮なノルド達とは違う」
―――返答になっていない。
ハイエルフ……いや、サルモールに属する者達が抱く、奇妙な自尊心と底無しの自信。
ただそこからくるだけの、何の根拠もない言葉が並べられている。
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セレスティアの苛立ちが遠目から見ても伺えた。
つま先がカツカツと床を鳴らし、組んだ腕の末端である指先は二の腕で跳ねており、時折首を振るってはその美しい黄金色の髪の毛を舞わす。
 「……その根拠のない信奉のお陰で傷付く兵士達が居るのよね、たまったものじゃないわ。兵士は湧いて出る水じゃないのよ」
――死とは平等、と言う先程の言葉の意味は此処にもあるのだろう。
兵士たち一人ひとりが生きた人間である以上、戦場で死ぬこともあれば寒さや飢え、病気で命を落とす事も当然。
使い捨てるにしては、余りにも重い。
しかしそれを理解するのは前線に出ない者たちには難しい事だろう。
兵士一人という数の単位は、人間では無くチェスの駒の一つと同様でしかないのだから。


 「何事ですか、騒々しいですよ」
er 0002 (11)
喧噪とあらわすのに相応しい熱の籠った一室へ、一陣の冷風。
さながら、それだった。

 「エレンウェン特使」

冷ややかながらも威風を備えた声へ臆せずに返したのは、やはりセレスティアだった。

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サルモール第一特使、エレンウェン。
スカイリムに於けるサルモールの実権を握る人物でもあり、事実上として統括する立場でもある。
知る者からすればその名を口にするだけでも恐怖で震え上がり、そして憎悪と憤怒で奥歯を強く噛み締める程とも言われる人物。

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一つ、二つと歩みを進めるだけで空気が張り詰めていく。
司法高官と剣士達は、その場で石造のように固まっていた。
 「熱くなってはいけません。努めて冷静に話し合うのですよ。我々にはそのための時間が大いにあるはずです」
長命種であるが故、それを体現するかのような言い回し。
その言葉の真意や、奥底に秘められたものが何かは分からないが、それでも退かぬは、確かに「らしからぬ気質」の持ち主。
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 「エレンウェン特使、その時間とやらを無駄に行使している連中が多すぎるのです」
怖いもの知らずとは正にこの事で、皆が委縮している中で毅然として振舞い、先ほどのやりとりを綿々と述べる。
それを無礼と受け取らずに不動とするエレンウェン特使も、流石であった。

セレスティアの言葉が一区切りすると、エレンウェン特使はそれらをゆっくり飲み干すかのように頷き、口を開く。
 「結構。あなたの憂いは十分に理解出来ましたし、その危機感はとても大事なものです。しかし正論だからと言って、それを言うべきか否かは判断できるようになったほうが良いでしょう」
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 「……申し訳ありません」
若干納得がいかない、という部分ではあるだろうがエレンウェン特使に言われては流石に折れたようだった。
 「そして貴方達も。確かに我々ハイエルフ種とは高貴で賢き一族です。しかしそこで思考を停止しては蛮族であるノルドと何も変わりませんよ。もっと視野を広げ、そして考えなさい」

僅かに語気が強められた物言いには、不気味なまでの迫力があった。
場が静まり返ったのを確認すると、エレンウェン特使は室内にいる者達の顔を確認する。
そして、歩を進めた。
この場にそぐわぬ、エルヴァンスの前へ。
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 「お勤め、ご苦労様です」
まるで母が子へ語り掛ける言葉のように、優しい声音で語り掛ける。
一同は慈母のごとき声に不気味さを覚えてか慄(おのの)き、凍り付く。
その言葉をかけられた当のエルヴァンス本人は、恐怖も狼狽もせずにただ呆けるだけであった。
 『は、はぁ……恐れ入ります、エレンウェン特使』
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何故、と言う感情だけがただ脳内を駆け巡っているであろう青年は間抜けな返事しかできなかった。
 「今日ここに居るのはテュリウス将軍からの命ですか? このような事でヘリヤルド家の嫡男(ちゃくなん)を顎で使うとは恐れ多い。母上のヒュメス伯爵夫人が知ったらなんと仰るやら」
エルヴァンスは、無言であった。
エレンウェン特使がどういった心情で、思惑でこの言葉を放ったのか。
それらを思い巡って、回答へ導けるほどの思慮を持ち合わせていないと言うのもそうだが、何を言っても、それを上回る言葉で返されるのだけは解っていたからだった。
しばし視線をぶつけあい、不気味とも取れるような微笑を浮かべたのは、エレンウェン特使。

 「それでは、失礼」

そう言い放ち踵を返すと、部屋を後にした。



――――



er 0002 (18)
エレンウェン特使があの場を去った後、結局皆は押し黙ってしまった。
元々は単なる業務連絡、いや報告と言うべきか。
それらを行うだけの場であったのだから、実になる話など少ない。
そも、サルモールが此処スカイリムで現在行っている事と言えば、九大神タロスを信仰する者を異端者として一方的に捕らえたり、密に処刑したりなどしているくらいだ。
大きな物事や事象と言うのは、エレンウェンのような特使などの特別な立場である者達の間にしか知らされない。

 「お疲れ様、エル」
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先程の会合の場とは打って変わり、とても優しく、そして温もりに満ちた声で青年を呼びかける。
エルヴァンスの事を「エル」と縮めて呼ぶのは、幼い頃からそうだった。
セレスティアはエルヴァンスと同じくして、「ヘリヤルド」というシロディールの貴族の家の生まれであり、エルヴァンスにとっては従姉(いとこ)に当たる。
本来アルトマー……ハイエルフ種と言うのは子を成しにくい種族である。
インペリアルやノルドのように、血筋の年齢や出生が近しいというのは非常に稀であり、ましてや従姉だのと言えば、なおさら稀有だった。
それが故に、エルヴァンスとセレスティアは兄弟姉妹のように近しい環境で育った。

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 『別に疲れちゃいないよ。剣を振るよりよっぽど楽だし』
近しい間柄が故か、エルヴァンスの言い回しはとても子供染みたものである。
不貞腐れてるかのような、怠惰のように。
年頃の少年が、何かと親に噛みつく時期であるかのような。
そんな様子に慣れっこだ、と言わんばかりにセレスティアはくすりと小さく笑う。
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 「普段着る事のない鎧を着るだけでも、私はイヤよ。ましてやあんな連中と同じ空気を吸うのもね。それだけで疲れちゃうわ。剣を振ってるほうがよっぽど楽」
 『セレス姉さんは、そうだろうけどさ……』
セレスティアをセレス、と略して呼ぶのもまた、エルヴァンスとの距離が近しいが故だ。

 『僕は、剣を振らないで一日が終わればそれだけで充分だよ』

そう言い、エルヴァンスはおもむろに立ち上がる。
石で冷えた己の臀部をさすりながら、ゆっくりと歩を進め、そして空を見上げた。

er 0002 (22)
うっすらかかったオーロラの光。
冷気で張り詰めた風が、北の地に居る事を教えてくれる。
濁りのない夜空に瞬く星々は、まるで降ってきそうなほどに数多に煌めいていた。

 『母さん、元気かな……』

エルヴァンスが胸中に抱いた郷里への想いが、思わず口からこぼれ出た。
 「伯母様は体があまり強くないから、心配よね」
セレスティアがそれに同調するかのように言葉を続けた。
しばし、無言。
各々が郷里への……シロディールへの想いを募らせていたのだろう。
吸い込まれそうな夜空に、鷹が舞う。
やがて――
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 「伯父様の剣、まだ使ってるのね」
静寂に包まれた空気を破ったのは、セレスティアのほうだった。
 『うん……』
 「戦場に行くときも、相変わらずそれを使ってるの?」
エルヴァンスはゆっくりと緩慢な動作で、剣を抜く。
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 『……なまくらだけど、すごく頑丈だしね』
月明りで鈍く光る剣の身は、磨かれていない証拠。
 「小さい頃、その剣を貰った時のエルのはしゃぎぷりったらなかったわよね」
切れ味や用途など、二人の会話にとっては些事であった。
郷里へ馳せた想いから出た、思い出の一端を担うモノ。

 『大人用の剣で重くて上手く振り回せないのに抜こうとして、父さんに怒られたっけ』
 「そうそう。それで次の日、庭の植木に試し切りしようとして」
 『セレス姉さんが止めるのを聞かずに振りかぶって』
 「幹に食い込んで抜けなくなって」
 『庭師のオブバルさんは大慌て』
 「伯父様にもバレて、カンカン」

共有している思い出に、二人は小さく笑った。
それも束の間。
海縁(うみべり)からの風が冷気を帯びて辻となり、二人の間を駆ける。

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童蒙(どうもう)の一時を夢想し、過去に心を馳せていた二人は、たちまち現実に戻された。

静寂が、風の音を鋭くさせる。

 「シロディールに、帰りたいわね……」
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 『………』
同意を含めた声音であったが、エルヴァンスは無言だった。
セレスティアも、そのまま押し黙る。

しばらくして―――
 『僕はもう兵舎で休むよ。セレス姉さんも、早く休んだほうがいいよ』
er 0002 (27)
そう言うと、返事も待たぬまま歩き始める。
エルヴァンスの去り行く背中に、
 「おやすみ、エル……」
と、か細いながらも確かに耳に届くような声をかけた。
er 0002 (28)
セレスティアへ言葉を返す事もなく、エルヴァンスは歩を進める。

――セレスティアの気遣いが、胸を抉る。
――エレンウェンの皮肉が、精神を蝕む。
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――サルモール達の視線が、芯に突き刺さる。
――ソリチュードの兵士や帝国兵達の陰での囁きが、耳に木霊(こだま)する。


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ハイエルフの父を持ちながら、まったく魔法の才を持たず、インペリアルの母を持ちながら、何故かハイエルフの特色を僅かに備え――
同じ家系の出でありながら、セレスティアには剣の腕ではまったく敵わず――

劣等感に押しつぶされそうになる自身を何とか保たせ、一日を生きる。

全てにおいて中途半端な立ち位置のエルヴァンスにとっては、それだけで精一杯だった。



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◆ 第4話 ◆ 《  》

◆ 第2話 ◆ 《 終わらない杞憂 》

◆ 目次 ◆

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