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寒村の客人は厄介事の種。
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魔法の船が辿り付いた先は、ペイル地方の首都であり、積雪が枯れぬ街『ドーンスター』だった。
白い吐息が雪と共に宙を漂い、思わず身震いを一つ。
風が吹くたびに頬の毛穴を細かな針で刺されるかのような痛みを感じる。
こんなに寒さが厳しい場所にあっても適応して生活を続けていくのが、生物の不思議な一面だろう。
時折漁師や商人が『生まれた場所に骨を埋めるのも人生だ』……と言う言葉を口にする事があるが、
それは『土地』というものに対して親子関係にも似た概念による呪縛なのではないか、と私個人の感想を抱いたことがあり、ふとそれが脳裏を過ぎった。
グリトウェイクを見送った私は、街の住民達に如何わしさと険しさの入り混じった視線を浴びている。
それは致し方のないことだ。
首長による説明も何もなく、突然蔓に包まれた大きな船が港に現れでもしたら、見ている者全てが疑念や恐怖を感じるだろう。
私は野次馬の如き住民達に対し、頭を下げて港を後にした。
ゆるやかな昇り坂を進み、私は宿を目指す。
シャコンヌ、フェンネとの旅はとても魅力的で、そして素晴らしいもので、今も尚この心は高揚している。
だが肉体は正直なもので、疲労による倦怠感は私の両足を鉄の棒の様に重くしていた。
「あの船から出てきた旅人ね。面倒を起こさないでよ、ただでさえドーンスターは厄介事を抱えているのだから」
衛兵からの蔑みと、極度の緊張と疲労を帯びた声音に違和感を覚える。
『厄介事? ここで一体何が起こって?』
違和感を感じたその単語について思わず聞き返す―――が。
「面倒を起こすな、と言ったんだ。いいわね」
強い口調で制され、それ以上の言葉を聞きだすのは能わぬ事となった。
私は宿屋『ウィンドピーク』へ入り、主の元へ一直線に向かうと、一泊のベッドを借りた。
重い鎧を脱ぎ室内服へと着替え、疲労に包まれたままでペンを取る。
ソリチュードで出会ったエルフの旅人シャコンヌと、従士フェンネ。
魔法の船グリトウェイクを求めた学者にして冒険家エラーミル。
北の海域に浮かぶ孤島に在りし遺跡と、スノッリ・フロストフェザー。
刹那の一時を夢想すべく、瞳を閉じればまどろむ事も間々あれど―――
筆は思いの外早く進み、二時間程で私は彼女達との出会いと別れを綴り終えた。
自身に課した作業が一段落すると、ベッドへと移り、そのままゆっくりと瞼を閉じる。
身体を包み覆う幕のような眠気が私の意識を心地良く沈める事に、そう時間は掛からなかった。
――――――
―――――――――
―――ふと、何かが私の意識を軽く叩く。
それは音であり、そして声である事を、混濁した中で理解した。
眠りを妨げられた私は、起き上がりベッドに腰掛ける。
自分がどれ程寝ていたのかは解らないが、肉体の回復具合や唇の乾燥具合からして、かなり長い時間眠りについていたようだった。
四肢の節々は軽く、鼻腔を通る空気も爽やかに感じられ、快眠と言える時間を過ごしたのだろう。
これで覚醒が喧騒によるものでなく、自身の意志によるものであったならもっと良かったのだが、と胸中で呟く。
「何度も言うけれど、私はここの問題の解決を優先したいのよ」
部屋の外……広間から聞こえてきた声に、私は思わず顎を打たれたかのように上体が弾かれる。
予想だにしない、予期しない、考えもしなかった。
だがそれは確かなものであり、憧憬や慨嘆の情が記憶の中から引き出されて零れる。
反射的とも言える早さで私は立ち上がり、部屋の外へと出ていた。
「だからね、悪いけど他を当たって欲しいわ」
―――――ヴァルネラ!
「……! あなたは……」
胸の内で呟いたつもりであったが、それは言葉となって口から出でて、それを届かせた。
――久しき邂逅……胸の中で溢れる感情。
あの時覚えた甘く、ほろ苦かかった一時が昨日のことのように思い出せる。
艶やかな銀色の髪、宝石よりも煌めいた琥珀色の瞳。
健康的な小麦色の肌と、白樺の幹の様にすらりと伸びる美しい体躯。
嫣然として、利発的な眼差し……何もかもが、とても懐かしく感じた。
まさかこの様な場所で彼女と再会するとは思っても見なかった、まさに青天の霹靂。
彼女――……ヴァルネラにとっても、意外や意外であったのだろう。
雅やかで美しい刺繍の施されたその魔法の法衣を見る限り、恐らくヴァルネラは……『成功』を修めたのだろう。
互いに交わすその瞳に映ったものは、慮外の色と……そして擦れ違った時間を感じさせる佇まいを捉え、どこか寂しさを混ぜた遠い眼だった。
久しぶり、などと気の利いた言葉を掛け合う事もなく。
私は、ヴァルネラの位置から隠れた位置に立つ少女へと歩み寄った。
『この少女は?』
私からの問いに、
「この子は……」
「こんにちは、おじさん」
ヴァルネラが説明を始めようとした時に、少女はいきなり挨拶で会話を遮る。
指先で顎を撫でる私を見て、ヴァルネラはばつが悪そうに口を開く。
「一旦、座って話をしましょう?」
―――――
『……つまり、君は自分の先生を探しに来たということだね?』
「はい、そーなんですよー」
間延びしたような、気の抜けた声で答える少女。
「この子の先生はね、ウィンターホールド大学でも権威のあるウィザードなの」
ヴァルネラが注釈を付け加える。
「とは言え、時折大学に姿を見せては、また消えるっていうのが生活の常みたいで。私は名前しか聞いたことがないわ。どんな顔をしているのかも知らないのよ」
私は黙って肯く。
「そうなんですよぉ。先生は私からしたら、お母さんみたいなものでしてぇ」
でも、と呟いた後に一瞬顔を伏せる少女。
「何ヶ月か前に、『お留守番しててね』って言ったっきり、先生は帰ってこないんですぅ。もしかして、大学でなにかあったのかなーって思って。だから、探しにきちゃいましたぁー」
……私は驚きを隠せなかった。
少女の幼くしてこの行動力と、悲しいまでの無知さ、そして強運に。
「そしたら、大学の服を着たお姉さんがいたんで、先生のことを聞いたんですよぉー」
「……で、私が知らないって答えたのよ。そうしたら『だったら一緒に探しにいきませんか?』ってね」
苦笑を浮かべて私に述べるヴァルネラ。
釣られて私も苦笑い。
「若いって素敵よね。思い立ったら一直線に行動できるんだもの」
あの時のままのヴァルネラの笑顔と声。
「でも残念、私はドーンスターに蔓延る『悪夢』の問題を解決しにウィンターホールド大学から派遣されてきたんだもの。それでもこの子ったら、諦められないみたいで」
苦笑が微笑みに変わる。
衛兵の言っていた『厄介事』とは、おそらくヴァルネラの言った『悪夢』のことを差していたのだろう。
スカイリムの民は、ウィザードに対してあまり良い顔をしない。
ましてやそれの総本山とも言える魔法大学から使者が来たとあっては、訝しげに見られるのは当然。
ヴァルネラの気苦労は計り知れないものだ。
――ふと。
この少女の話題に私は興味を抱いた。
『それで、君はいったい何処からドーンスターまで?』
私の言葉にしどろもどろになりながら、
「えっと……そのぉ、よくわからないです。適当に歩いてましたからぁ」
私はまたしても驚愕する。
この慈悲無き寒冷の地、スカイリムを知識も無しに渡り歩いているというのだから。
「あ、でも。私と先生のおウチは、お花と川が綺麗で良いところでしたよぉ?」
「漠然としすぎて解らないわね」
『……それで。君は大学……ウィンターホールドには行ったのかい?』
あはは、と失笑する少女。
「それなんですけどぉー……道がわからなくてぇ」
やはりそうか、と私は胸中で独りごちる。
『ならば、私がウィンターホールド大学まで案内しようか』
ヴァルネラの前だから、と言う事は決して無い。
この少女の強運と純粋さに、心惹かれた上での言葉だった。
「え、いいんですかぁ?」
「……いいの?」
ヴァルネラからしたら……言葉は悪いが『仕事の邪魔』をするものが居なくなるのだから願ってもないことだろう。
己を慮って、この少女を担おうとしているのではないかと考えるのはごく自然だ。
『私はしがない旅人だからね。旅は道連れ、だよ。君さえ良いのなら是非とも』
ぱあっと瞳を輝かせる少女。
「はい、ぜひともですよぉ」
そのやり取りを見て、
「……相変わらずね」
と、ヴァルネラがぽつりと洩らした。
―――その日の晩。
私はヴァルネラからの希望で、リュートを弾いて聞かせた。
かつての晩と同じ曲を。
少女にとっては何を意味するのか理解出来ない一時であっただろうが、私とヴァルネラにとってはあの淡き日々の思い出させる時間だった。
爽やかでありながら、侘びしく。
そして。
時間という絶対的なものが、私のあの日の星月夜の夢の終わりを悟らせた。
――――――
明朝。
雪がはらはらと舞う朝。
私と少女は、ドーンスターを発つ事にした。
「それじゃあ……。 ……気を付けて」
ヴァルネラは、そう一言だけ私に告げた。
『あなたこそ……―――どうか、壮健で』
私も同様に、一言で返す。
門を潜り、一度振り返ると。
ヴァルネラは、まだ私達の方を見ていた。
その視線に、少女は手を振って応える。
私は……背を向けて、歩き出した。
何も言わず。
そして、言う必要もなく。
「よかったんです? なんだか何か言いたそうなかんじだったんですけどぉ」
私の背に向かって言葉を放つ少女。
『言葉で伝える事が全てじゃないのさ、大人っていうのはね』
正面を見据えたまま言葉を返す。
「ふーん…… オトナって、むずかしいですねぇ」
私の言葉を意味を理解していない様子の少女。
「あ、そうそう。まだ名前を言ってませんでしたねぇ?」
あれだけに一緒に居たのにそういえばそうだった、と己を叱責したくなった。
私は手短に名乗ると、少女はあどけない瞳で見据えながら答える。
「私、ベリーです。ベリー・ベリーって言います。どっちで呼んでも構いませんので、よろしくおねがいしますねぇ」
先生でもあり、母親代わりでもある人を探す少女、ベリー・ベリー。
果て無き道は、始まったばかりだった。
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